テレビで歌番組が少なくなったのでYouTubeで演歌を聴いているが、先日、不思議なことを発見した。演歌歌手に交じって普通の人が独自に同じ歌を発信している。私は間違えて、この普通の人のを引いてしまい、ものは試しにと聞いてみたが、これが実にうまいのだ。哀愁があり泥臭く、なかなかのものである。プロ顔負けどころか、歌によってはプロよりもうまいのだ。そして、もっと驚いたのが再生回数が何と1万8000回もあり、こちらもプロと変わらないのだ。
もしやと思いほかのジャンルを引くと、どこも同様の傾向がみられる。小説、コラムでも、ごく普通の人がネットでデビューし多くの支持を得ている。
これは私の専門と思われるアジアビジネスの分野でも同様である。タイのナワナコーン工業団地の入り口にある日本料理店。ここに置いてあった中古の工作機械の売買情報誌に、現地の日系工場に勤務する日本人が分析記事を書いているのが目についた。同席していた国際協力銀行の友人に「これだけの原稿が書ける人が銀行にいるか」と聞くと、「ここまでは難しいかもしれない」という答えが返ってきた。こうなると、もうプロとは何かということになる。
現地に住み日系の工場に勤務し、毎日、ナマのビジネス情報に接する。しかも、本人は分析好きで文章を書くことに長けている。こうなると、マスコミや銀行マンが書くよりもリアルな文章が書けるのだ。
作品を作り金にして生計を立てるのがプロである。そういうことには興味がなく、自分は良い作品が作れるので多くの人に見てほしい。そして感想がほしい。こうしたもう一つの新たなプロが出現してきた。
両者の力の差も微妙になってきている。確かに、芥川賞や直木賞を貰って有名な作家を目指す人たちは、作品を作ると出版社を回って掲載を要請する。おそらく、これまで多くの名作が死滅してきたはずだ。なぜなら、雑誌に載るかどうかは多分に偶然とその時の編集者の気分に左右されるからだ。しかし、今はどの分野でも自分のペースで作品を作りネットで見てもらう、そんな選択肢が出てきたのだ。
最近目につくのが、もう一つの市場から本当の市場への参入である。もはや、もう一つの市場がそのままアングラ市場と放っておけるレベル、規模ではなくなったのだ。本当におもしろい時代となってきた。
アジアビジネス探索者 増田辰弘
略歴

増田 辰弘(ますだ たつひろ)
1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。2001年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。