旅の蜃気楼

今年の名月

2003/09/15 15:38

週刊BCN 2003年09月15日vol.1006掲載

▼よく晴れた夜空に赤い色をした火星がくっきり見える。6万年ぶりの大接近だと思ってみると、何か得をした気分になる。大きな満月だ。デジタルカメラで中秋の名月と火星のランデブーを写し、家族に送信する。再接近している火星の視直径は満月の70分の1。言われてみると、そんな気もするが、定かではない。今年の名月は9月11日。そう、忘れることができないあの日、「NY911」だ。ずずーんと、地響きがした。目の前で110階のビルが崩落した。もう1つの110階も崩落した。

▼「こんなことがあるんだ」と、出来事の大きさに唖然とした。好きなジャーナリストに、ニューヨーク・タイムズのトーマス・フリードマンがいる。1999年に『レクサスとオリーブの木』を書いた外交問題コラムニストだ。「ときには、1本のオリーブの木をめぐって激しい衝突が起こる」(抜粋)。家族、共同体、部族、国家、宗教という自尊心と帰属意識のなかから、1本の木をめぐって、爆発的なエネルギーがほとばしる。その一方で、技術の最先端が、高級車レクサスを造りネットが世界を結び、明日の時代を切り開いている。ともに同時代の出来事だ。

▼彼はNY911の時、エルサレムにいた。その日のコラムは、エルサレム発だ。「ここでは、どこをみても壁ばかりだ。誰から誰を締め出すのか、もう誰にもわからない」(抜粋)。その日から02年7月3日までに掲載したコラムを1冊にまとめた本が『グラウンド・ゼロ』だ。読後にこう感じた。世界は交流が途絶えて遠くて広くなっているのか。近くて狭くなっているのか。と問うのではなく、まずはオリーブの木を「枯らしてはいけない」のである。(本郷発・笠間 直)
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