Letters from the World

IT事情を映し出すバー

2004/03/08 15:37

週刊BCN 2004年03月08日vol.1030掲載

 同じ街に長く住んでいれば、行きつけの店もいくつかできる。私のお気に入りは、ダウンタウンの細い裏通りを入ったところにあるアイリッシュバーである。ここは特別何かがあるわけでもない、ごく普通のうらぶれたバーなのだが、そんな店に私が足繁く通うのは、この店のカウンターに陣取っていると、驚くほど最新のIT情報に遭遇できるためである。

 店は比較的早い時間から開いており、まず5時過ぎからは金融関係の若いビジネスマンが集まってくる。これは近くに金融街として有名なウォールストリートがあるためだ。仕事帰りの彼らはブラックスーツかジムへ行くためのスポーツウェアが定番で、投資先の情報や他社の動向などを語り合う。

 その後9時を過ぎると、今度は同じく近所に位置するシリコンアレーの面々が、彼ら独特のラフでカジュアルな格好でやってくる。年齢的にもよく似た2つのグループだが、その視点は全く逆で、激しく交わされる議論は聞いているだけでも興味深い。IT不況の昨今では、新しい出資者を求める起業家達も始終出没するし、証券会社の若手連中は、取引のための最新情報を得ようと必死だ。一方、1年前には羽振りの良かったITベンチャーの雄が、今では隅でひっそりとビールをすすっているのをバーテンダーが教えてくれたりと、業界の噂話には全く事欠かない。

 さらに深夜を過ぎると、ダウンタウンの埠頭で働く人々や、エリート達が利用するリムジンの運転手達が、骨休めにやってくる。チップの多寡や、向かったレストランなどから、雇い主達の景気が浮き彫りにされ、どの分野のどの会社が伸び盛りなのかが見えてくる。2001年のテロ事件の際には、疲れ切った消防士達に憩いのひとときを提供していたこの店は、しかし、じっくり腰を落ち着けてみると、意外な程現在のIT事情を映し出すのが面白い。決して観光ガイドなどに載ることはないが、IT最前線で働くビジネスマンなら一度覗いてみるのはいかがだろうか。(ニューヨーク発:ジャーナリスト 田中秀憲)
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