【本郷発】今年の年賀状は何枚きましたか?賀状の数は社会的な地位と比例する、などと思い違いして、枚数の獲得を目指した頃もあった。いやいや、質問の仕方を“時代”に合わせなくてはいけない。eメールの賀状が増えているから、「新年の便りは“何通”ですか?」と聞くことになる。もう50年ほども前の話だが、記憶が鮮明になる子供の頃を思い起こすと、父親が賀状を家族のそれぞれに分けるのが元旦の図であった。父親の賀状の厚さは素直に父親の立派さであった。“メール”時代になると困ったことになる。父親の威厳を示す手段がひとつ減ってしまうわけだから。

▼葉書であれメールであれ、賀状の内容は年齢とともに変化する。還暦世代に近くになると、会社仲間が勤務を離れていく。すると、急激に枚数が減る。その一方で長年、音信が途絶えていた10代の頃の仲間が突然、賀状をよこす。同窓会に出席すると、さらに枚数が増え始め、それをきっかけに“手紙”のやり取りが始まる。楽しいではないか。確かに、賀状の枚数や内容は社会性のバロメータだ。年末に大ヒットした映画『手紙』を見た。強盗殺人で服役している獄中の兄と弟の、心の通い合いだ。涙がとまらず鼻水になって、濡れたハンカチをしまう場所に困ったほどだ。監督の生野慈朗さんは『3年B組金八先生』のディレクター。心は確かに通い合う。「心の通い合い」が生野さんのテーマのようだ。

▼生野さんが映画の紹介でアジアを回った時のことだ。中国では映画のタイトルが通じない。手紙はトイレットペーパーの意味になる。中国語では手紙を『信』と表す。日本語での信は「情報」というコンテンツの意味になる。英語で表記するなら「information」だ。手紙は封書の形を意味していて、葉書やメールと一緒の手段、いわゆる“技術”だが、生野さんは心の通い合いを手紙という言葉に託した。私たちが情報技術という意味で使う「IT」とは「心の通い合い」を「伝える技術」という意味であることを再確認した。技術はマジックだ。技術は進化する。年賀状は朝やってくるが、賀状“メール”は除夜の鐘とともにやってくる。進化とは忙しいことだ。(BCN社長・奥田喜久男)