旅の蜃気楼

氷点下の板門店、身も心も凍りついて

2008/03/10 15:38

週刊BCN 2008年03月10日vol.1226掲載

【板門店発】余寒、春寒という季語を用いる2月、ふと思い立ち、韓国は板門店に足を運んだ。特に理由があったわけではない。しいて言えば東京では味わうことができない寒さを体感したかった、くらいか。

▼板門店は韓国と北朝鮮の軍事境界線上に位置する、共同警備区域である。南北双方でツアーを用意しており、一般人でも訪問が可能だ。朝8時過ぎに集合し、観光バスで向かう。運転手とガイド、カメラマンを除き、すべて日本人だ。車中では板門店の歴史、規則などの解説がある。そこで知ったのだが、板門店ツアーは国家が分断されている状況を多くの外国人に知らせるために政府主導で行われているとのこと。

▼板門店入りの直前に検問があり、何度か韓国軍兵士によってパスポートや服装をチェックされる。バスを降りて記念撮影をした後、誓約書にサインを求められる。軍事的な緊急事態になれば国連、韓国のどちらも命の保障はしないという内容だ。今までの旅行とは明らかに異なる緊張感に包まれる。

▼滞在中は目立つ行動すべてが禁止される。移動には常に兵士がついてくる。記念撮影をしている最中も韓国、北朝鮮双方の領土にまたがる会議場では兵士が壁に半身を隠し、直立不動で警戒を解かない。そこには、まさに「臨戦体制」の空気が漂っていた。目に映るものすべてに漂う緊張感。兵士たちは感情を読み取られないようにサングラスをかけ、凄みを感じさせる。もちろん彼らの手元には拳銃が…。ホルスターを見た瞬間、(撃たれるのではないか)という思いが頭をよぎった。自分は慎重な態度をとっていても、誰かが軽はずみな行動をとれば何が起きるかわからない。戦争が勃発すれば、ここは最前線となる。そう気づいた瞬間、背筋が凍った。寒さを求めて訪れた私は、氷点下13度の板門店の気温とは別の、ぞっとする寒さを肌で感じた。(BCNランキング営業グループ・佐伯太郎)

 板門店には過去3度訪ねたことがある。緊張感はそのつど微妙に緩和していた。ベルリンの壁が崩壊しても、38度線には土色の帯が横たわっている。イムジン川でいつか、魚釣りをしてみたい。(BCN社長・奥田喜久男)
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