旅の蜃気楼
あの日、「光州事件」の地に立って
2008/05/26 15:38
週刊BCN 2008年05月26日vol.1236掲載
▼1980年5月18日、全羅南道光州市では民主化を求める活動家とそれを支持する学生や市民が軍隊と衝突した。軍隊の激しい制圧に死傷者が出た。これを「光州事件」と呼ぶ。市内から車で北に30分ほど走った山あいに、事件で亡くなった人の慰霊碑とお墓がある。埋葬者は現在、504人だ。お墓はきれいに整地された山すそにある。そこに一人ひとりの墓石と盛り土がある。墓石の脇には埋葬者の写真があって、花が添えられている。慰霊塔のある山あい一帯は光州市の人の墓地でもある。道すがらお墓が見えた。広い山すその敷地は盛り土がいくつもあって、起伏を作り、盛り土と背丈の同じ墓石があって、どのお墓にもガラスのショウケースに入った花が添えられている。さすがにその花は造花だったが、いつもきれいにされている様子がうかがい知れる。ここは埋葬の地ではなく、死者が住んでいる家といった感じがする。
▼当時の写真を集めた記念館に入った。光州事件当時のむごい光景を伝えている。どこかで見た光景だと思った。光州では1929年11月3日、「光州学生独立運動」が起きた。「光州事件」の51年前だ。日韓併合は1910年。日本からの独立を求めた学生が韓国全土で立ち上がり、とくに光州では当局とぶつかった。247名の死者が記念館にまつられている。ここにも当時を伝える写真があった。時代と状況が違っても、むごい光景は同じだ。「繰り返してはならない」を、二度三度と繰り返す人類史だ。韓国・光州の旅では「人」の在り方を考えた。(BCN社長・奥田喜久男)
- 1