▼1923年の「関東大震災」発生時に一躍名を挙げた造り酒屋がある。三重県四日市市の「宮崎本店」だ。経済評論家の大前研一氏が、「俺はこの酒しか飲まない」と言って憚らない「宮の雪」の酒造元である。震災当時、同社周辺(楠町)の造り酒屋は、こぞって東京の販売店に債権回収に走った。一方、同社だけは支援物資を海路搬送したのだった。この決断で「関東地盤」を固め、周囲の同業者が廃業するなかで生き残った。

▼「宮崎本店」は早期にオフコンを導入。2000年には、オープン化し、酒造業向け業務管理ソフトウェア「酒仙」(TSi社製)を稼働させた。在庫や出荷実績、消費動向などを打ち込み、生産調整する。日本酒は、「杜氏」の手で丹誠を込めて造られるのが普通。しかし、「造り過ぎ」も多い。同社は繁忙期を予測し、「フリーの杜氏」を一時的に集めて人件費を削減するなど効率化を図っている。

▼日本では、神々や仏様に捧げるのは日本酒。継承すべきこの文化を、熊本県城南町の「美少年酒造」は汚した。社名を冠した日本酒「美少年」は癖がなく飲み口が優しくて人気の高い酒だった。左党にとって、この銘柄の酒が飲めなくなるのは寂しい。だが、「原料米の等級すり替え」で消費者を裏切ったばかりか、裏金をため込んでいたのは許し難い。破綻もやむなしだ。日本酒は洋酒や焼酎に比べて、消費量が減る一方の状況。「宮崎本店」のごとく、ITと伝統文化を融合させ、業界全体で立ち直ることを期待したい。