その他
揺れる米通信業界 「経営危機」が深刻化
2002/07/08 15:00
週刊BCN 2002年07月08日vol.948掲載
6月26日、米通信事業者2位のワールドコムの巨額粉飾決算が明らかになった。1998年から01年にかけ、60兆円もの資金を借り入れ、バブル的な投機に走った米通信事業者の多くは、今や莫大な債務と収益低迷の二重苦に身動きが取れない。空売りなど不正会計で繕った財務諸表もついに化けの皮がはがれた。競争激化で通信料が大幅に下がるなか、新たな収益源を育てるのも容易ではない。自由競争を標榜した米通信業界が陥った経営危機は、日本の通信業界にも微妙な影響を与える。NTTグループの競争力制限に向けた動きが鈍化し、再びNTTの支配力が強まる可能性もある。
NTTの競争力制限は“後退”?
●通信業界のITバブル、120兆円もの有利子負債
ワールドコムの粉飾決算が米産業界全体を揺るがしている。2001年から02年第1四半期まで、同社は総額38億5200万ドル(日本円換算で約4600億円)も利益を水増し、市場を欺いてきた。修正後は両期とも最終損益は赤字になる。米証券取引委員会が同社の民事訴訟に踏み切り、疑惑はさらに深まりそうだ。不正額の大きさは、そのまま米通信業界の置かれた“危機的”状況を示すものである。
国際決済銀行の調査によると、欧米IT関連企業は98-01年、1兆2000億ドルもの資金調達(有利子負債)を実施している。その大半が通信事業者によるもので、欧州、米国で5000億ドルずつ借り入れている。日本円にして120兆円もの莫大な資金が欧米の一業界に流れ込んだ。同じ時期、日本のIT関連企業の資金調達額は10兆円弱。いかに欧米の通信業界が突出していたかが分かる。
よく“ITバブル”と言われるが、まさに欧米の通信業界こそが、それを体現していたようだ。ある大手総合商社の通信分野担当者は、「(欧米の通信分野に)手を出さなくて本当に助かった。結局は異常なマネーゲームだった」と振り返る。
90年代後半から、欧米の通信事業者は拡大路線を猛進する。事業領域や国際網の急拡大を狙い大型M&Aを繰り返し、音声通話からデータ通信へのシフトを叫びながら、事業者間でネット接続利用者を高値で取り引きしていた。移動体通信が伸びると判断するや、第3世代(3G)携帯電話の周波数割り当てを巡って、何兆円も投じた。
例えばワールドコムは98年、全米2位の長距離通信会社MCIを英ブリティッシュ・テレコム(BT)と競い合い、418億ドルで買収した。米AT&Tも99年、500万世帯の利用者を抱えるCATV事業者を580億ドルで買い取る。1世帯当たり100万円以上の投資である。月額数1000円しか支払っていない利用者の“将来価値”は高騰し続けた。
その異常性は、今となれば容易に見分けられる。期待されたデータ通信もブロードバンドの流れでビット単価が急落し、設備の陳腐化に投資回収が追いつかない。CATV利用世帯から100万円を回収するには、長い歳月が必要だ。そもそも、「サービス形態が増えても、ユーザーが通信費に支払う総額はそれほど増えない」(大手商社担当者)点が見過ごされていた。
バブルのあとに残ったのは、過剰設備と不良債権である。とくにクリントン政権の「情報ハイウェイ構想」の下、96年に規制が大幅緩和され、自由競争が激しくなった米国の通信業界の痛手は深い。多くの新興勢力が誕生し、価格競争が勃発。新興組は資金が尽きて消滅したが、生き残った大手も体力をすり減らした。
ある産業アナリストは、「このままでは営業収入で負債の金利さえ支払えない大手事業者も出てくる」と指摘する。そのような土壌が、ワールドコムのような粉飾決算を誘発した。01年末のエンロン倒産以降、会計不信が渦巻く米国で、通信事業者には会計操作の噂が根強くあった。
同アナリストがこう説明する。「例えば、2社が合意の上で100億円分の設備を互いに買い合う。それぞれ100億円を売上計上し、買い取った設備を20年償却すれば、お金を一切動かさなくとも、2社とも95億円の利益を出せる」。
ともあれ、米通信業界が経営危機を抱え込んでいるのは間違いない。ワールドコム1社の問題で済むとは考えにくい。政府の株式保有率が高い欧州の事業者ならば、「政府が出資を増やし、再度国有化して乗り切る」(通信業界関係者)方法も考えられるが、米国勢ではその手が使えない。新たな収益源も見えず、もはや資金調達は難しい。通信業界の設備投資で水膨れしていたIT需要の冷え込みも、簡単には回復しない。
●日本では規制緩和論が後退?NTT優位の可能性も
ワールドコムの問題は、今のところ日本国内では「会計不信」の面から取り上げられるケースが多い。ただ、根本は通信業界の問題であり、それは国内業界にも大いに関連してくるはずだ。
1つ考えられるのは、通信行政で規制緩和論が後退、NTTの競争力が温存されることである。NTTグループ再編(競争力制限)論議は、米国の規制緩和策に倣ったもの。接続料金引き下げ要求など外圧を利用してきた経緯がある。その米国で深刻な問題が発生している。規制緩和推進の根拠が揺らぐ可能性がある。「現状でNTTの財務力、技術力は、全世界の通信事業者のなかで抜きん出ている。国際競争力の観点からも、NTTの力を分散させるのは得策ではない」(産業アナリスト)。
だが、米通信業界の経営危機は、無謀な投機活動に自由競争による価格下落が重なってもたらされた。その点、「規制緩和の功罪が十分に検証されない段階で、NTTの競争力温存に動けば、市場の活性化がそがれる」(大手商社関係者)面を注意すべきだ。
NTT持ち株会社は、NTTコミュニケーションズやNTTドコモなど有力子会社への支配権を弱める姿勢を見せながら、一方で、グループのインターネット接続事業の統合を打ち出し、「IPネットワーク時代に備え、グループの力を再結集させる構え」(通信業界関係者)も見せる。競争力制限が十分に働かなければ、勢力をさらに増す可能性がある。
実際、東西地域会社の不振がありながら、NTT持ち株会社の01年度連結決算は7200億円の経常黒字である。国内市場でまだ稼げるからこそ、海外投資の評価損1兆4000億円を一気に吐き出せた。グループ全体で公共IT関連投資額の50%近くを占めるなど、厳然たる競争力を誇る。
米通信業界の動向がNTT再編議論にどのような影響を与えるか、今後の動向が注目される。ただ、国内市場に適正な競争環境があれば本来、値下げやサービス拡充の原資となるはずの資金が、無謀な海外投機に走り霧散するのなら、黙って見過ごせない。(坂口正憲●取材/文)
6月26日、米通信事業者2位のワールドコムの巨額粉飾決算が明らかになった。1998年から01年にかけ、60兆円もの資金を借り入れ、バブル的な投機に走った米通信事業者の多くは、今や莫大な債務と収益低迷の二重苦に身動きが取れない。空売りなど不正会計で繕った財務諸表もついに化けの皮がはがれた。競争激化で通信料が大幅に下がるなか、新たな収益源を育てるのも容易ではない。自由競争を標榜した米通信業界が陥った経営危機は、日本の通信業界にも微妙な影響を与える。NTTグループの競争力制限に向けた動きが鈍化し、再びNTTの支配力が強まる可能性もある。
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