企業のIT投資が抑制され、情報システムのTCO(システム総保有コスト)削減やセキュリティ強化が問われるようになって久しい。そんななか、ユーザーが使用するパソコンに最低限の機能しか持たせず、運用コストの削減やセキュリティ確保を容易にしたシンクライアントの市場が活発化してきた。国内でシンクライアントを専業あるいは強化する企業が増え、自治体や文教市場などに向けたシェア争いが始まっている。(谷畑良胤)
ターゲットは自治体・文教市場
■管理が容易な“ポストPC” 国内のシンクライアント市場でトップシェアをもつ高岳製作所(坂田眞社長)は昨年8月、同社の100%子会社で同分野の専業新会社としてミントウェーブ(吉田博直社長)を設立した。同年10月には、シンクライアント用ミドルウェア「メタフレーム」のサポートで実績のあるシステムインテグレータの松下電工インフォメーションシステムズ(NAIS-IS、浜田正博社長)が、第3者割当増資でミントウェーブの株式を24%取得。同市場に強みをもつ両社が活動を本格化させた。
「2003年から04年にシンクライアントの需要がピークになる」(草野仁・ミントウェーブ営業部新規開拓グループ課長)という両社の読みが、事業拡大に踏み切らせた。
同社が狙う市場は、すでに実績のある大学などの文教市場に加え、情報化の遅れる自治体など、「パソコンがまだ1人1台という環境になっていない分野」(同)などだという。
ハードディスクや周辺機器をもたず、管理が容易で、セキュリティにも強い端末がシンクライアント。一部では、“ポストPC”とも呼ばれている。不特定多数の人が端末を扱うことが多い国立国会図書館の図書検索端末には同社のシステムが導入されている。

同社の売上高は、システムの開発、制作、販売、管理、運営、端末のOEM(相手先ブランドによる生産)提供などで02年度(03年3月期)が約25億円。今年度は、松下電工などへのOEM提供が売上高の半分を占めるが、37億円の売り上げを見込む。
同社の田籠彰・営業本部・営業部長は、「今後は、東京エリアを中心にパートナーを開拓し、代理店販売と直販を強化する。来年は自治体向けに電子申請などに対応したアプリケーションもラインアップして、新規顧客を増やす」と市場の活性化を期待する。
■「黎明期は脱した」 
シンクライアントは5、6年前にそのコンセプトがブームを呼んだが、結局市場は開花しなかった。ここにきて再注目されているのは自治体市場などが見えてきたため。ウィンドウズ・ベースド・コンピューティング(WBT)のサーバー・ベース・コンピューティング(SBC)を実現する業界標準のミドルウェアであるシトリックスの「メタフレーム」のライセンス契約数が今年、自治体向けを中心に飛躍的に伸びている。
01年4月に国内初のシンクライアント専業企業として設立されたネクスターム(武田佳一郎社長)の吉川良一・専務取締役兼COOも、「“シンクライアントの黎明期”は脱した」とした上で、「メタフレームの草分け的なリセラー(販売代理店)が、活気を取り戻している」と見る。
同社の主力製品は、韓国のヒュンダイにEMS(受託生産)した「液晶モニタ一体型のNexterm(ネクスターム) LE」、「別置き型(モニタ別売)の同 SE」、「CRTモニタ一体型の同 HE」の3種類。自治体の合併や企業の再編などシステム統合がともなう事業所への売り込みを強化する。
山口県岩国市は今年度、役所のシステムと事務端末約700台を同社の製品に切り替えた。「自治体向けでは、入札案件が今年に入って増えてきた。入札でほかのシンクライアント企業と競合する場面にもよく遭遇する」と、市場性の高さに感触をつかみ始めている。同社は今後1年間で3万台の売り上げ(約25億円)目標を掲げる。
■市町村合併による需要増に期待 電子自治体や文教市場向けでは、官庁に納入実績のある三菱電機もシンクライアントの市場拡大を狙う。同社は昨年4月、同市場に向けたパソコン端末の製造を神奈川県鎌倉市の工場で開始した。
三菱電機インフォメーションテクノロジー(野村齊社長)の西崎亨・プラットフォームソリューション事業統轄部・インフォメーションシステム営業部長は、「市町村合併で旧役場が支所になるが、この支所の管理・運営に新たなシステムが必要になる。そんな市場を開拓していく」と話す。
同社は今年3月、SBCを実現するクライアントマシン「TX110」をリリース。15インチ液晶ディスプレイ一体のフォルムで、情報管理の手間と費用を削減するリモート管理ソフトウェアを搭載。自治体や学校に販路を広げ、今年度(04年3月期)は約2万台の売り上げを見込んでいる。
一方、デスクトップ型シンクライアントメーカーで世界トップの米ワイズの国内総代理店であるネクストネット(後藤卓雄社長)は、「メタフレームを導入済みで、システムをリプレースしTCO削減を図ろうとするグローバルな大企業にターゲットを絞り、営業を展開している」(後藤社長)という。今年は1万台程度を受注する計画で、すでに約3000台は契約が成立しているという。
シンクライアントは、利用者が使うパソコン端末に最低限の機能しかもたせず、サーバー側でアプリケーションやソフトなどの資源管理を行う。ハードディスク駆動装置(HDD)を必要としないため、利用度の多い端末の弱点も解消できる。
セキュリティ対策でもサーバー側でウイルス対策ソフトを更新すれば、各端末のソフトを更新する手間が省ける。HDDをもたないので、個人が勝手にデータを持ち出せないほか、周辺装置や冷却ファンもなく騒音が少ない。
これらの特徴から、情報システムの管理費用を減らしたい企業やセキュリティ強化が不可欠な政府、自治体、金融機関、学校、埃の多い生産ラインをもつ製造業などで注目され始めている。