大塚商会の大塚実取締役会長が3月30日付で相談役名誉会長に就任したことから、5月17日、長年の労をねぎらおうと業界関係者が集い「大塚実さんを囲む会」が開催された。1961年7月の創業以来40年余り、経営の第1線に立ち大塚商会を成長させてきた大塚名誉会長の経営哲学を称える場として、「大塚実氏、40余年の経営哲学を語る」と題する対談、および懇親会が開かれ、約250人の参加者が詰めかけた。対談は、BCN社長・奥田喜久男の進行のもと、大塚名誉会長の40余年にわたる経験と経営に対する考え方をじかに聞くことができる貴重な時間となった。対談内容の要旨は以下の通り。
「情報収集と柔軟な判断が大切」
■社員の〝やる気〟維持には「叱るより誉める」
奥田 創業以来、約43年間身にまとっていた取締役の鎧を脱いだ感想は。
大塚 ホッとしています。変化の激しい社会のなかで、絶対に失敗できない責任ある立場から解放され、気が楽になったというのが正直な今の感想ですね。
後継者選びが私に残された最後の仕事で、一時期、本当に迷った頃もありました。ですが、期待以上に(大塚裕司社長は)頑張ってくれており、今は自分の仕事を全うできたかなと思っています。今後は好きな旅行などで余生を楽しみたいです。
奥田 大塚さんにはこれまで100回以上もインタビューさせてもらいました。たくさんの話を聞いてきましたが、大塚さんの人の使い方には特に強い感銘を受けました。経営者として、社員の育成に関しどのような哲学をお持ちですか。
大塚 人は誰でも他人から認められたいという気持ちを持っています。その感情を上手く満たすようにコントロールすることが、経営者にとっては大事です。
たとえば、「これだけやったんだからその成果を見てくれ」というサインを、社員は必ず出してきます。そのサインを無視すれば社員のやる気は下がります。成功を収めた社員には金銭面だけでなく、表彰するなど大いに誉めました。
逆に失敗した時は、誉める以上に気を遣いましたね。誉め過ぎた場合より、叱り過ぎた場合の方がマイナスですから。社員が出したサインを逃さずに、タイミング良く適切な言動で誉めたり叱ったりすることに注意していました。
私はもともと、叱るより誉める方が好きなんですよ。命令したり叱ったりすることで、人を動かすのは私のやり方ではない。経営者は、社員1人ひとりをやる気にさせることが最も大事なことだと考えてきました。適切な数字をもとに評価ルールを作り、それが常に適切な形で運用できているかを徹底的にチェックしていれば、あとは社員が自然と自分の成長エンジンを作るんです。
■勝負の分かれ目はスピードに対応できるかどうか
奥田 次の一手を打つ時の、情報の重要性を強調されてきましたね。
大塚 変化の激しい社会のなかで、競争に勝っていくためには、スピードに対応できるかどうかが勝負の分かれ目です。黄色信号が点滅してからでは遅い。黄色になった瞬間に対応策を講じられる体制が必要なんです。そのために、いかに的確な対応策を取れるかは、たくさんの情報を得るかにかかっていると言っても過言ではありません。
私は常に社員に対して、「あらゆることに不安を抱き、心配性になれ」と伝えてきました。それも並の心配性ではなく、病的なぐらいでなければ駄目。とにかく用心深くなれと。そうすれば、いま自分が携わっている仕事や社会の動きなどに目を向けるようになり、自然とさまざまな事柄に対して情報収集するようになる。
私自身も新聞のスクラップは欠かさず作っていましたし、会議資料なども創業時から自分で整理し、秘書に任せたことは1度もありませんよ。社員の生の声にもしっかり耳を傾けてきました。役員や全国に点在する部長、マネージャークラスと年に30回近く、会食の場を設けていました。社員の生の声は経営においてとても大事な情報ですから。命をかけて真剣に聞き、経営に役立ててきました。
奥田 これまでの経歴を振り返って、創業時の夢は果たせたと思いますか。
大塚 抱いた夢以上です。50人ぐらいの仲間と家族的な雰囲気のなかで会社を経営していければ良いと考えていましたから。それが、幸運の女神にも恵まれ、現実には大塚商会をここまで大きく成長させることができた。予想以上です。
■社員とともに最善を尽くす それが大塚商会の飛躍の要因
奥田 風雪を越えて、苦境を突破し大塚商会を大きく躍進させてきた要因は。
大塚 やはり、その時々で社員とともに最善を尽くしてきたことがすべてかと思います。
そして、現状に甘んじるのではなく、常に「もっと良い方法はないか」と考えてきたことです。常に最善の方法を求めるがあまり、1度決めたことを何度もひっくり返してきたので、社員からは「社長の決定事項はすぐ変わるから、しばらくしてから動いた方が良い」と言われていた程です(笑)。
社長のメンツは結果だけで、その前段階の経営判断のレベルでメンツを持っていたらダメなんです。自分の考えに凝り固まるのではなく、たくさんの人の意見を聞き、情報を収集し、柔軟な判断を下せるかが経営者に求められる資質だと思います。
熱気に包まれた懇親会
談笑の輪広がる

会場を移して午後6時からは「大塚実さんを囲む会」懇親会が開かれた。まず発起人の北海道オフィス・マシンの真島光男代表取締役が、「40年以上、IT業界の第1線の経営者である大塚さんの生の声を聞いてもらおうと、このような会をもった」と開会の辞を述べ、次いで日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA)の横山満副会長(ダイワボウ情報システム相談役)が、「大塚さんの経営哲学や人生観を学べる絶好のチャンス」と乾杯の挨拶をした。
大塚相談役名誉会長を取り囲む参加者は後を絶たず、談笑の輪が広がった。懇親会半ばで大塚名誉会長を古くから知るIT業界関係者の3氏が挨拶に立ち、まず、NECの機器販売に関わってきた協立情報通信の佐々木茂則社長が、「NECの機器がダイナミックに伸びたのは、大塚さんの影響力が絶大だったから」と、思い出を交え語れば、NECの山由顧問は、大塚商会がネットワールドを立ち上げる際に出資を頼まれたことを引き合いに、「当初は赤字だったネットワールドを黒字にした大塚さんの経営手腕には感銘を受けた」と、賛辞を惜しまない。
また、55年以上IT業界を一緒に歩んできた浅間商事の柳沢英二相談役は、「よくぞここまでやってきた。(大塚商会の)絶大なる成功に敬意を表する」と、長年にわたる大塚名誉会長のIT業界での足跡を称えた。
これら3氏にとどまらず、「今後も業界で影響力を発揮して欲しい」という懇親会参加者の声は多かったが、「これからの私の業界での活躍は期待しないで欲しい。勝手に遊ばせて欲しい。この先は、誰にも干渉されない人生を過ごしたい」と、大塚名誉会長はIT業界とは距離を置いて人生を楽しんでいくと語る。閉会の午後7時30分まで、大塚名誉会長を中心にした談笑は続いた。