企業向けソフトウェア開発で、従来にも増して価格下落が懸念されている。コスト削減を狙って中国などでの開発体制を整えたソフト開発大手が中心となり、シェア拡大を目指し価格攻勢をかけようとしているからだ。これまでにも、ソフト開発をめぐる価格競争は続いていたが、「ここまで激しい競争は過去30年間でも例がない」と、業界関係者は驚きを隠さない。だがこれは、情報サービス産業が次なる成長に至るための“産みの苦しみ”でもある。(安藤章司●取材/文)
各社、価格抑制とシェア拡大に走る
■中国などでソフト開発、価格競争で“選別と淘汰”進む ソフト開発各社は、減益傾向に歯止めをかけるために大規模な構造改革を進めており、中国などを活用したソフト開発体制の強化に取り組んできた。このコスト削減の成果が実際に現れ始めている。
構造改革をいち早く成し遂げたソフト開発会社から順に、価格攻勢を仕掛けはじめている。日本電子計算(JIP)の小倉勝芳社長は、「中国などでのソフト生産体制を確立した大手ソフト会社は、確実に値下げ攻勢を仕掛けてくる」と、これまでにも増して厳しい価格競争にさらされることに警戒感を示す。
同じ品質で競合他社より安い価格を提示できるソフト開発会社が、「ますますシェアを拡大するフェーズに入るのが今年」(業界関係者)とされ、業界再編も踏まえた大きなうねりを指摘する向きも少なくない。情報サービス産業協会(JISA)の佐藤雄二朗会長(アルゴ21会長兼社長)は「選別と淘汰が進んでいる」とし、今まさに構造改革が進む“産みの苦しみ”にあると形容する。
経済産業省の特定サービス産業動態統計(図参照)によると、情報サービス業の売上高は一進一退が続いている。佐藤JISA会長は、コスト競争によって淘汰が進み成熟した産業に脱皮すれば、情報サービス業の売上高は「年率4-5%で成長する」と、再び成長路線に向かうと予測する。
■IPA、ソフト開発のセンターを創設、国際競争力の向上を狙う これまでソフト開発会社は、積極的な価格攻勢は避ける傾向にあった。技術者1人あたりの月額料金を決めておく人月ベースの収益構造では、生産性を高めれば高めるほど、売り上げが下がるという皮肉な結果が待っているからだ。経済産業省がITスキル標準(ITSS)を策定し、スキルに見合った報酬を得られるような施策を打っているものの、これに戸惑うソフト会社も多かった。
ところが、ここへきて価格を下げてでも、生産力を高めてシェア拡大を図る動きが顕著になっている。
情報処理推進機構(IPA)の佐伯俊則・基盤ソフトウェア開発部長は、「ソフト開発会社が(中国の生産力を活用して成功した衣料品販売の)ユニクロ式の生産力を得られるよう支援する」とし、ソフト開発の価格を市場競争の流れに逆らって維持することよりも、ソフト開発の生産性を高めることの方が、情報サービス産業にとってプラスになると判断する。
IPAでは今年10月、国内ソフト開発業界の国際競争力の向上を目的に、「ソフトウェア・エンジニアリング・センター」を創設する。世界の生産拠点として急成長する中国を活用しなければ、国際競争力は得られない。
同センターでは、産官学の知恵を結集して、ソフト開発の生産性・信頼性の向上を目指すと同時に、中国などの生産リソースの活用も視野に入れ、グローバルで効率的なソフト生産体制の研究を進める。
■生産体制の強化が収益拡大の原動力 ソフト開発に詳しいコムチュアの向浩一社長は、「ソフト開発会社にとって、コスト競争力が高まれば市場原理が働き、受注可能な案件が増える。受注の選択肢を広げることによって、赤字プロジェクトに陥りやすいハイリスク案件も避けることが可能になる」と語る。そのうえで、ソフト開発単価の下落が必ずしも収益悪化に結びつくものではなく、むしろ競争力ある価格を打ち出せる生産体制の強化こそが収益拡大の原動力だと指摘する。
昨年度、減益となった主要ソフト開発会社の原因のほとんどが、赤字プロジェクトだった。富士ソフトABCの松倉哲社長は、「不採算案件をなくすだけで大幅な収益改善になる」と、赤字プロジェクト撲滅こそが業績アップへの近道だと話す。
 | 高まる生産性向上の動き | | | IT先進国の韓国でも、ソフトの生産性向上は極めて重要な課題となっている。韓国大手ERP(統合基幹業務システム)ベンダーのソフトパワーは、ソフト開発の期間を従来の3分の1程度に短縮できるユニークな仕組み「プロセスキュー」を開発した。 日本語版の開発・販売を手がけるアーク情報システムの島田勝八郎・取締役営業部長は、昨年末の発売以来「引き合いが殺到している」と、ソフト開発のコスト削減・開発期間短縮に強い需要があると手応えを感じる。 プロセスキューは、「ビジネスオペレーティングシステム(BOS)」と呼ばれるミドルウェアをパソコンにインストールし、ソフト開発者はBOS上で動く業務アプリケーションを開発する。 業務で使う機能はあらかじめBOSに備わっていることから、BOS上のソフト開発は、業務フローを中心とした設計作業に専念できる点が、従来のプログラム開発中心の方式と大きく異なる。 ソフト開発コストや期間が劇的に短縮できれば、万一、赤字プロジェクトになったとしても、収益へのダメージは小さく抑えられる。 |  | 一方、価格下落が激しい業務ソフト分野に対し、携帯電話や情報家電向けの組み込みソフトの価格は「高止まりが続いている」(業界関係者)という。最新の携帯電話向けソフトの開発には、1か月400人の技術者を投入しても6か月かかり「完全に人が足りない」(同)状態だという。 組み込みソフトの開発は、携帯電話など製品本体の開発と一体で進められることが多く、海外に出しにくい。このため、国内でも十分な競争力が得られるわけだ。 情報処理推進機構(IPA)は、市場拡大が見込まれる組み込みソフトの開発スキルの標準化に向けて作業を進めており、この分野の人材育成や技術者の報酬体系の基盤づくりを急ぐ。 汎用的な業務ソフトの開発は、生産拠点の海外移転や開発手法の抜本的見直しなど、大幅な生産性向上が求められる。同時に、ソフト会社は付加価値が高い携帯電話や情報家電向け組み込みソフトなどへの移行が、生き残るうえで重要な要素となっている。 | |