中堅・中小企業市場を中心に、「ASP型ビジネス」が今年に入り再び活発化してきた。ITバブルの崩壊でASP(アプリケーションサービスプロバイダ)事業者の撤退が相次いだ分野だが、ここにきてSSL(公開鍵暗号)などの普及で、企業データを交換する際のセキュリテイ面が進化、利用が広がっている。グループウェアや会計システムなど業務系アプリケーションのほか、自前では多額の費用が必要となるVPN(仮想私設網)など、IT投資を軽減したい企業には最適のサービスとして拡大の兆しを見せる。中堅・中小企業市場を狙うシステムインテグレータや業務系ソフト会社にとっては、今後注目の分野となりそうだ。(谷畑良胤●取材/文)
公開鍵暗号の進展が要因
■グループウェアをASPで セキュリティの進歩が追い風 グループウェア大手のサイボウズは、主力製品「サイボウズOffice」などのグループウェアを、2年前にレンタルサーバー事業者数社と協業してASP型で提供し始めた。現在、同社のグループウェアは、中堅・中小企業を中心に国内で累計約1万8000社に導入されているが、このうち数%がASP型で利用されている。
「SSLなどセキュリティ技術の進歩により、昨年末あたりから自社サーバーでないと不安だったユーザーが、ASP型の運用に関心を寄せ始めた」(赤松洋介・エージェント事業部ビジネス開発室統括マネージャー)と、ASP型グループウェアが、ここ1-2年で同社グループウェア事業の20%近くまで成長すると見通す。
サイボウズに限らず、他社のグループウェアもASP型が浸透中だ。それだけに、サイボウズでは「コンセプト面での差別化が必要」(赤松マネージャー)と、複数企業間のプロジェクト進行に対応したグループウェアを一定期間貸し出す「企業間」情報共有サービスを7月にも開始する。
インターネット通信事業者でサーバーのホスティング事業などを手がけるグローバルメディアオンライン(GMO)は5月、業界初のASP型VPNサービス「GMOどこでもLAN」の提供を開始した。同サービスは、ユーザー側でのVPN構築に必要な専用機器の購入や、NAT(IPアドレスの共有技術)などの運用・メンテナンスが不要。初期費用が5250円、月額費用が3150円で5ユーザーから使用可能だ。「仮想的なLANを申し込み後5分間で構築する技術で、外部から社内ネットワークへ手軽にアクセスできるようになる」(大東洋克・アクセスカンパニーカンパニープレジデント)のが特徴だ。
GMOのサービスは、フリービットが開発した次世代ネットワーク基礎技術「エモーションリンク」がベースとなっており、TCP/IP上に論理的な仮想ネットワークを構成できる。フリービットでは、「ユーザー認証などを実施する接続ゲートウェイを当社が管理するので信頼性は十分」(石田宏樹・社長兼CEO)と、セキュリティ面の安定性を強調する。GMOは、このサービスを中小企業やSOHO向けとして、ライセンス購入を最大20ユーザーと設定しているが、「支店・事業所を持つ企業や中堅・大企業からの問い合わせも数十件あった」(大東プレジデント)ため、近くライセンス数を増やす。
■CRMやERPにも広がる、07年には市場規模2529億円へ ASP型ビジネスがここにきて再び“胎動”し始めた兆候は、機密性が求められる企業内データを管理する業務系統合アプリケーションに、ASP型サービスが登場してきたことにもうかがえる。
CRM(顧客情報管理)のASP型アプリケーションを提供する米セールスフォース・ドットコムの日本法人は、4月中旬に日本語版の新製品を出した。同製品の前バージョンは、導入の際のシステム構築費などが不要なため、この1年間で急速に利用者を増やし、中堅・中小企業を中心に世界で9500社に導入された。
セールスフォース・ドットコム日本法人は、「協業企業を増やし顧客基盤の拡大を図る」(宇陀栄次社長)と、すでに国内の有力システムインテグレータ20社と販売パートナー体制を組むなど、CRM市場で“台風の目”となりそうだ。
富士通システムソリューションズ(Fsol)は昨年末、主力の統合ソリューション「ウェブサーブ」の一部をASP型で運用するERP(統合基幹業務システム)「スマートソリューション」の提供を開始した。年商30億円規模の中堅・中小企業向けに今年度(2005年3月期)は、同ソリューションのうち会計ERPだけで100社への導入を目指す。Fsolでは、「標準の会計システムをASP型で導入し、企業別にカスタイマイズが必要な会計分野は当社の専用ホスティングで運用・サービスとして提供する」(谷口聡・Webソリューションサービス本部AplSERVE部長)と話す。
同社が会計ERPで狙う層は、中堅・中小企業の中でも成長企業。レガシー(旧式)システムでなく、クライアント・サーバー(C/S)型の社内ネットワークを持つ新興企業が、当面の営業ターゲットになる。
谷口部長は、「起業後まもない成長企業では、業務を早く軌道に乗せるため、会計系システムをいち早く導入したいと考えている。ASP型だと、こうした短期導入ニーズに応えやすい」という。また、同社はこのほど、ウェブサーブの業種ソリューションのうち「ショッピングセンター」版をASP型に再構築した。多くの企業が出店するショッピングセンターでは、入金・売上など管理業務の軽減が命題となっている。ASP型ビジネスは、ニッチな業界で最適なビジネスとして注目されつつあるようだ。
ASP型ビジネスは、90年代後半に国内で立ち上がったが、ITバブルの崩壊で撤退する企業が相次いだ。利用する企業側が、大事なデータやソフトを預けることに不安を感じていたことなどが理由だ。だが、ここ1-2年、SSL技術などの進展により、使う側にも意識変革が見られる。サイボウズやFsolのように、インターネット上の暗号化技術を提供する日本ベリサインと協業し、信頼性を高めてきたことも大きい。
IDCジャパンが4月に発表したASP市場予測によると、07年には市場規模が2529億円に達するという。ただ、「中堅・中小企業の基幹系分野でASP型ビジネスが普及すれば、予想を超えてニーズは高まる」(大手システムインテグレータ幹部)との見方もあり、市場規模はさらに拡大しそうだ。
 | 利用者の意識に変化 | | | | ASP型ビジネスは、IT利用の新カルチャーであり、浸透までに時間がかかった。ASP型ビジネスは利用者には有効だが、ITインフラを“丸抱え”で提供するベンダー側が二の足を踏んでいた。つまり、ASP型の収益モデルを作ろうとしていなかった。これに対し、最近ASP型ビジネスで業績を伸ばすIT企業は、小規模のISV(独立系ソフトウェア会社)やシステムインテグレータなど、販路が手薄だったベンダーが多い。 |  | 1990年代後半は、利用者側に「ITインフラを自前で持たないとセキュリティ管理などはできない」との意識が強かった。だが、高速・大容量のブロードバンドやセキュリティ環境が進展し、ASP型のアプリケーションを使うという認識が利用者側にも広がった。しかも、信頼できるシステムインテグレータがASP型ビジネスを扱い始めており、さらに拡大が進むと思う。 | |