自治体のIT化が進むなかで、住民サービス拡大のキーデバイスとして行政ICカードが注目を集めている。経済産業省は2001年度の補正事業として「IT装備都市研究事業」を実施し、全国21か所でICカードの導入が進められた。その一方で、03年8月から住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)の本格稼動に合わせ、住基カードの配布も始まった。住民票の発行という単一のアプリケーション利用しかできないため、当初予定した300万枚を大幅に下回る発行枚数にとどまっているが、自治体では住基カードにさまざまなアプリケーションを搭載する動きも少しずつ出始めてきた。ICカードの利用と普及が全国規模で進めば、インフラ整備やサービス需要にも期待が出てくる。
住基カードとの統合も視野に
■「住民サービス向上に最適」
神奈川県大和市のIT政策アドバイザーで、東海大学政治経済学部講師、慶応義塾大学SFC研究員でもある小林隆氏は、「住民サービス向上にはICカードが最も効果的」と考えている。大和市の情報政策課チーフだった今年3月までも、同市でICカードの利用拡大を進めてきた。
経産省は、01年度の補正事業である「IT装備都市研究事業」で、ICカード普及利用の実証実験を全国21地域で行った。大和市もその1つだが、このほかにも札幌市(北海道)、横須賀市(神奈川県)を中心とした湘南地区、上越市(新潟県)、岡山市(岡山県)、下関市(山口県)など、IT先進都市もそうでない都市も含めてICカードを採用し、住民票の自動交付や施設予約など市民サービスの向上に生かす取り組みを始めた。
大和市の場合、約9万枚のカードを発行しており、人口あたり普及率は40.1%に達する。住民票発行など住民情報系サービスのほかにも、ICカードに地域通貨の機能も持たせた。ICカードの名称「ラブスカード」に対応して、通貨の単位を「ラブ」という。コミュニティの活性化を目的としているだけに、今年1月からは市の施設利用などで「ラブ」を“貯金”できる機能も持たせている。
例えば、市の施設に利用料を支払うと100ラブ登録され、市内を走る100円のコミュニティバスを利用すれば、50ラブがICカードに登録されるといった具合だ。ICカード導入当初は、カードに最初から1万ラブが登録されており、それを元に住民同士のコミュニケーション向上に役立てていたが、今年1月からは積極的なコミュニティ参加を促すためもあってこの制度も廃止し、0ラブから住民がラブを貯めていく仕組みに改めた。

実証実験で大和市のICカードシステムを構築の代表を務めた東芝がまとめ、財団法人ニューメディア開発協会が公表している、大和市の実証実験についての市民アンケート結果を見ると、住民票などの発行が簡便になることに対し、「すでに利用した」あるいは「利用してみたい」と積極的な市民は調査対象の92.4%と、ほとんどの市民が歓迎している。
また、ICカード利用で「大変便利になる」と答えた市民は43.5%を占めるなど、ICカードの利用は好評だ。また、小林・東海大学講師によれば、「IT利用は若い世代が中心になると見られていたが、実際にICカードを利用する世代の中心は50代から60代」と、むしろ高齢者の利用比率が高いという。
■住基カードへのアプリ搭載に課題 各地でさまざまな取り組みが始まり、ICカードが定着しつつある一方で、03年8月には住基ネットの本格稼動に合わせて住基カードの配布も始まった。ICカード利用を進める自治体にとっては行政系のカードが増えることになり、自治体の担当者にとっては頭の痛いところだ。
住基カードの場合は、住民票の発行にしか使えないシングルアプリケーション。それに対して各市のICカードは市民の利便性向上のために多くのアプリケーションを搭載してきた。総務省の担当者は、「住基カードへのアプリケーション搭載を進めて欲しい」というが、実際には条例制定、議会承認が必要で、その分手続きが煩雑になる。それでも住基カードにアプリケーションを搭載するメリットが出てくるのかがポイントになるだろう。
■住基カード+決済機能も 東京都荒川区は住基カードの利用拡大を目指し、さまざまなアプリケーションの搭載を検討している。単純なところでは、住基カードにバーコードのシールを貼り付けて図書館カードとして活用する検討もあるが、思い切った利用法としては住基カードに決済機能を持たせて、区内の遊園地「あらかわ遊園」内での支払いに活用できるようにすることだ。
あらかわ遊園は都内では珍しく区が経営している。何より遊具の利用料が100円と安いのは入園者に歓迎されるとしても、経営状態は赤字で少なからず財政の足を引っ張る存在になっている。荒川区では、このあらかわ遊園の入口でJR東日本の「スイカ」のように金額をチャージし、園内での支払いに利用できるようにすることを検討している。
ICカード利用が進めば、多様なアプリケーションを搭載するニーズも出てくる。そのためのシステム構築など、インフラ整備の需要も出てくるだろう。「電子自治体構築のキラーアプリケーション」(小林・東海大講師)として大型スーパーなどに押される地域商店街の活性化などのアイデアは豊富に出てくる。インターネットを使えない住民にとっても身近な行政のIT化として、今後ますます注目されるだろう。