「1980円シリーズ」の法人市場進出がパッケージソフト業界に波紋を広げている。同シリーズはソースネクスト(松田憲幸社長)が法人市場の潜在需要開拓に向け投入しているパッケージソフト。パッケージソフトベンダーの間からは「過剰な値崩れが起きる」と警戒の声が上がる。だが一方で、「ソースネクストの販売力を活用したい」と、法人向けの有力な販売チャネルとして評価する見方もある。(安藤章司●取材/文)
有力販売チャネルとして期待の声も
■「ソフトは文具」がコンセプト、一部のソフトベンダーは値崩れを警戒 「ソフトは文具」のコンセプトを打ち出したソースネクストは、主力の1980円シリーズの法人向け販売を本格化させた。7月1日付で法人向けの専任組織「コモディティ化推進グループ法人営業チーム」を新設、品揃えの拡充と販売力強化に乗り出した。
「ソフトは文具」とは、日常の事務作業で使う鉛筆や消しゴムなどの文具を購入する感覚で、パソコンソフトを買える仕組みづくりを表したコンセプト。オフィスで使用する頻度の高いソフトを1980円化することで、これまで顕在化していなかった需要の引き出しを狙う。
この動きに、これまで法人向けソフト販売を手掛けてきたソフトベンダーは敏感に反応する。法人向けソフトウェア価格の市場相場が崩れ、「過剰な値崩れが起きる」と警戒する声が出る一方で、「市場が刺激され、大手パッケージソフトベンダーによる寡占状態に変化が起きる」との期待もある。
たとえば、ジャストシステムの主力製品である日本語変換ソフト「ATOK」は、マイクロソフトの同様の製品と競合関係が続いている。しかし、マイクロソフトが基本ソフト(OS)のウィンドウズに日本語変換機能を組み込んでいることで、ユーザーから見れば、すでに「別途購入するソフト」という印象が薄らいでいる。
同様にワープロ、表計算といったデスクワークをするためのツール類においても、企業で使うクライアントパソコンと一体化しつつあり、ジャストシステムが再びこの市場に食い込むチャンスは減少している。
たが、今回、ソースネクストが1980円シリーズを法人向けに投入したことで、パッケージソフトを手軽に購入しようとする企業が増えてくれば、「当社のソフト販売にもプラスの影響がある」(ジャストシステムの小野央軌・法人事業部ライセンスグループマネージャ)と、ソフトの購買習慣に変化が起き、ソフト市場における流通の活性化に結びつく可能性がある。
特定のベンダーが固定的なシェアを持つ状態に変化が起きれば、他のベンダーのソフトに対する購買行動にも弾みがつき、「顧客がソフトの比較購買を進めるなかで、日本語変換では定評のあるATOKの存在に気づくチャンスも増える」(同)と期待を膨らませる。
過剰な値崩れの危険性を指摘する声に対しては、「日本語変換機能について言えば、これまで多くのユーザーはOSの基本機能の1つとして認識しており、実質、日本語変換ソフト単体では“無料”の競合製品と戦ってきた」(同)ことを考えれば、1980円のソフトが法人市場で流通したところで、「驚くほど安いということはない」(同)という認識を示す。
■MSは健全な競争を歓迎、市場は二極化の方向へ 賛否両論があるなか、ソースネクストは今後、法人向けの品揃えを拡充すると同時に、引き続き新規チャネルの開拓を進める。たとえば、法人顧客が文具を購入するようにソフトを購買するという動きを促進するため、「アスクル」や「たのめーる」といった文房具などオフィスサプライを販売する有力チャネルを積極活用したり、ライセンス販売体制の整備を進める。
こうしたソースネクストの動きに対し、ソースネクストの販売力を活用したいというソフトベンダーの要望も強まっている。ソースネクストの1980円戦略は、たとえば、これまで6000円で販売してきたソフトを3分の1の価格に下げたとしても、従来比で3倍以上売れれば割が合うという考え方に基づいている。
あるパッケージソフト開発ベンダー幹部は、「ソースネクストから、1980円への値下げ分を吸収する販売本数の増加をコミットしていただけるなら、当社の主力製品の提供もありえる」と、販売増が見込めるのならソースネクストのチャネル活用に前向きな姿勢を示す。
一方で、マイクロソフトは、基本的には市場での健全な競争を歓迎する意向を示しつつも、主力商品の一部についての“脱文具”に力を入れる。
マイクロソフトの企業向けクライアントソフトの主力製品であるオフィスでは、基幹系システムとのXML連携や、ウィンドウズサーバー2003と連携した情報漏えいを防止するデジタルライツマネジメント機能を強化するなど、企業の情報システムと密接に連携した「フロントエンドソリューションとしての提案を強化」(マイクロソフトの橋克之・ビジネスプロダクティビティソリューション本部本部長)を推進する。
ソースネクストが指摘するように、文具的色彩が濃いワープロや表計算といったデスクワークに必要なツール類を「文房具」として販売すれば、文房具→固定費→バルクで買う→利幅が薄くなりシステムインテグレータなどマイクロソフトの有力販売パートナーが積極的に扱わなくなる──といった“負の循環”が起きる可能性がある。この循環を断ち切ることが、マイクロソフトのオフィス戦略の重要なポイントになっている。
「ソフトは文具」でいくのか、「フロントエンドソリューション」として付加価値を追求するのか。企業のクライアントパソコンを巡るパッケージソフト販売は、いま大きく二極化の方向へと動き始めた。
 | “1980円”はビジネスボリューム拡大に貢献する | | | | 開発費に1億円投じたソフトウェアを、1社に1億円で販売するのと、1円で1億本販売するのとは、ビジネスの形態は異なっても結果は同じだとソースネクストの松田憲幸社長は考える。単価×販売本数の結果である売上高の最大化を目指して、単価の値付けを市場の規模や成熟度に合わせて柔軟かつ戦略的に対応することが「当社の事業拡大に欠かせない要素」だと話す。 |  | ソフト市場の動向について松田社長は、「たとえば企業の競争力の源泉となる基幹系システムなど、ソフトベンダーに特注で開発させるビジネスは今後も存在し続ける。だが、当社が法人市場を狙って1980円化したソフトなどは、逆に安くすることで潜在需要を引き出し、ビジネスボリュームの拡大に結びつく」と手応えを感じている。 | |