情報漏えい対策ニーズが追い風
日立、「HDDレスPC」を発売
パソコンが、情報漏えい対策ニーズの高まりを背景に変化しつつある。日立製作所(庄山悦彦社長)が社内導入に加えて外販も狙う「HDDレスPC」や、外部インタフェースをいっさい持たないパソコンなど、新たなコンセプトを持ったパソコンが登場。大手パソコンメーカーは、パソコンのセキュリティ対策強化を図る動きが明確になってきた。ライバルとの違いを打ち出しにくかったパソコンで、セキュリティがオリジナリティを出すための要素になってきた。(木村剛士●取材/文)
■データやアプリはサーバーに格納「情報を持たない」にこだわる IT調査会社のガートナージャパンが今年1月に行った調査で、企業内でパソコンを使うユーザーのうち、53.8%が顧客や取引先リストなどの個人情報をパソコンに格納していることが分かった。営業や販売、サービス部門担当者に限定すると、その割合は73.4%まで跳ね上がる。個人情報を漏らさないためには、企業のクライアントパソコンをいかに厳しく管理するかが重要であることを、改めて印象づけている。
4月1日の個人情報保護法完全施行を目前に控え、企業はセキュリティ対策強化に躍起になっている。そのなかでも、格納できる情報の量が飛躍的に増えるとともにモバイル化が進んだパソコンからの情報漏れを懸念する声は多い。企業にとって情報漏えい対策の強化ポイントとしてモバイルパソコンのセキュリティ強化は当たり前になっている。
この動きに呼応するように、パソコンベンダーからは、パソコンのセキュリティ対策で主流だったソフトベースの製品ではなく、新たなコンセプトを打ち出したクライアントマシンを開発・投入する動きが最近になり活発になっている。
日立製作所は2月16日、パソコンに代わって社内で導入するクライアント用のモバイル専用端末「HDDレスPC」を初公開した。外形はB5ファイルサイズのノートパソコンと変わらないが、データを保存するためのハードディスク(HDD)を搭載していない。データやアプリケーションは、専用の通信制御ソフトを使って社内に設置するサーバーにアクセスする仕組みで対応する。
日立の立花和弘・執行役常務ユビキタスプラットフォームグループ長兼CEOは、「情報が漏れる理由は、情報を持っているから。データをクライアントに持たせないシステムが開発コンセプト」と述べ、クライアントの“新しい在り方”だと強調する。日立は初公開と同時に外販にも乗り出し、関連製品・サービスを含め2年間で300億円の売り上げを見込む。
■外部メディアが使えないパソコン、セキュリティチップや指紋認証も 情報漏えい対策の高まりを背景に、新コンセプトのクライアントコンピュータを開発するのは、日立だけではない。
パソコン周辺機器卸販売事業のゲート(森本俊彦社長)は、初の自社ブランドパソコンとして外部メディアと接続するインタフェースを一切搭載しない製品を4月下旬に発売する。USBポートやIEEE1394ポート、PCカードスロットなどのインタフェースを装備せず、「物理的に情報の持ち出しを禁止する」(ゲートの稲山智久・営業企画部部長)のがコンセプトだ。パソコンからHDDを取り外されるのを防ぐために専用のネジを採用し、同社のサポート担当者でなければパソコンを分解できないようにもした。
商品企画を担当した稲山部長は、「クライアントの情報漏えい対策では、シンクライアントやブレードPCなどさまざまなソリューションが登場している。それらを中小企業が使いこなせるかは疑問。導入費用、運用コストもかかるし、ある程度の知識も必要だろう」と分析する。そのうえで、「インタフェースを持たないパソコンは、何の説明もせずに情報漏えい対策が施せる。コストもパソコンと変わらない。外部メディアに通じるインタフェースを持たない以外の機能はパソコンと変わらないため、中小企業でもすぐに使える」とメリットを話す。「ターゲットは中小企業」と明確だ。
国内台数シェア3位のデルも、パソコンのセキュリティを重視している。暗号鍵の保護や改ざんチェックを行うハードウェア「セキュリティチップ(TPM)」を初めて搭載したノートパソコンを2月25日に販売開始。オプションメニューとして指紋によるユーザー認証機器も揃えた。
99年にパソコンメーカーで最初にセキュリティチップを搭載したパソコンを開発、発売した日本アイ・ビー・エム(日本IBM)は、チップ開発など先進技術の追求をテーマとしてきたが、ここにきて「基本的なセキュリティ対策を前面に押し出していく」(日本IBMの石田聡子・PC事業PC製品企画&マーケティングPCマーケティング部長)方針に転換している。同社は、分かりやすいユーザー認証をコンセプトに、昨年末に発表したモバイルパソコンに指紋認証機能を初めて搭載。「セキュリティ機能でThinkPadを選ぶユーザーが増えている」(石田部長)という。
パソコン市場では、低価格やサポート体制の充実など、製品機能以外の部分がシェア争いの決め手になって久しい。ここにきて、情報漏えい対策の盛り上がりに対応して、セキュリティを新コンセプトとして前面に押し出すメーカーが増えてきた。もはや、セキュリティ対策はパソコンにとって必要不可欠な機能となりつつある。
 | 日立「HDDレスPC」には賛否両論 | | | | | 日立製作所が2月16日から販売開始したハードディスクを持たないパソコンに、競合メーカーや関係者の間では賛否両論渦巻く。 NECでは、「日立のHDDレスPCのような製品を提供する予定はない」と断言する。その理由に、ネットワークやサーバーへの負荷が高いことを挙げる。さらに、「HDDを搭載しなくても、メモリに情報が蓄積されることが考えられる。HDDを搭載しないだけでセキュリティ対策が万全だとはいえない」と説明している。 エプソンダイレクトの三谷佳史・ダイレクトマーケティング部部長は、「日立のセキュリティパソコンを企業が簡単に導入できるとは思えない」とこれも否定的な意見。 |  | ライバルメーカーは否定的だが、セキュリティ専門家や調査会社では好意的な意見が強い。ガートナージャパンでは、「システム面から抜本的にセキュリティ対策を変えることができるシステム」と高い評価。また、日本IBMの石田聡子部長は、「HDDを持たないクライアントの需要は確かにある。モバイルパソコンの利用提案を進めている当社のパソコン事業とは一線を画すが、日立が自社導入すればユーザーにとって安心につながるだろう」と話している。 日立は「HDDレスPC」を今年度末までに2000台、来年度末には合計1万台導入する。ユーザー第1号として、そのメリットをどれほどのアピールができるか、企業市場で普及するかどうかのカギとなる。 | | |