日本情報技術取引所(JIET、二川秀昭理事長)の東北本部では、東京地区の大型案件を会員間の「コンソーシアム方式」で受注する「東北オフショア」を積極化させている。東北地区のITベンダーは、横の連携が強く、案件情報が行き渡りやすく、JIETの「商談会」だけでは満足しないためだ。「JIETの活動などを通じて、地域貢献と若手IT人材の育成を急ぐ」と語る向井忠彦・東北本部長兼東北支部長に、東北本部の活動領域である東北6県にJIETの活動をどう広めていくかなどについて聞いた。
――東北本部の設立当初は、JIET会員ではなかったそうですが。
向井 東北支部(現在は本部)は、2002年11月に発足しました。JIETを全国組織にしたいという二上秀昭理事長の要請を受け、東日本で拠点のなかった東北地区と北海道地区に支部を設置することになり、前任者(前本部長)が中心となり東北支部を立ち上げました。
当初、私自身はJIET会員ではありませんでしたが、前任者が支部長を退任することになり、JIET本部から依頼を受けて東北本部長に就任しました。長年、ソニーに勤務し、東京での交流が広かったので、JIET本部の知り合いの幹部から声がかかりました。
前職で仙台支社長(ソニーシステムデザイン)をしていた関係で、01年2月には、地域貢献と若手IT人材の育成を目的としてネットワーク構築の専業ベンダー、タオネットを宮城県仙台市に設立しました。この考えと、地域のIT産業へ案件(仕事)をもたらすJIETの趣旨とが合致したので本部長就任(03年11月)を引き受けました。
――東北本部の活動の特徴を教えて下さい。 向井 東北本部の発足当初は、会員数が12-13社だったようです。現在は東北6県から参加する20社が加盟しています。私が本部長に就任する以前は、「商談会」を仙台市でしか開催していませんでした。だが、JIETの活動内容を東北6県に紹介する目的で、昨年6月から、各県で順次実施しました。
東京本部ですと、発注と受注の縦系列で「商談会」が成り立っていますが、東北本部では横の連絡を密にしているのが特徴です。「商談会」だけでなく、会員同士で案件や技術動向、各自治体(東北6県)の施策などの情報交換を積極的に行っています。
――横の連携が密になると、どんな効果が出てきますか。 向井 会員同士の連絡や関係が密なので、大規模案件をコンソーシアム方式で受注することを現実問題として実現しようと協議しています。
また、最近は、大手ITベンダーがソフトウェア開発を中国など、コストが安い海外へオフショアリングしています。しかし、ブリッジSE(システムエンジニア)にかかるコストや手間などを考慮すると、必ずしも安くすまない場合が多いのです。そこで、東京から1時間30分と地理的に近い場所にある東北にオフショアを呼び込もうとしています。
ここへきて、こちらの働きかけもあり、東京の大手ITベンダーが「東北オフショア」に注目しています。
――東北地区には、IT市場があまりないということですか。 向井 東北地区は昔、製造業が工場を置く地域として栄えました。しかし、この工場は近年、人件費の安い中国などへ移りました。工場が乱立した頃は、IT関連の仕事もありましたが、それも徐々に減り、今は自治体関連と電力、地方銀行など、地場の仕事しかなくなりました。
そのため、先の「東北オフショア」に意欲的に取り組もうとしているのです。私自身が東京地区の人脈を生かし、実際に東京のITベンダーなどへ赴き、「東北地区は、IT関連の大学や専門学校などが多く、技術力の高い人材が豊富で、地理的にも近く、県がIT業界を支援する助成金を出している」と訴え、コストが安くすみ、長期的に仕事を請け負える環境が整っていること主張して、案件を受注することを目指しています。
――東北地区は、本当にIT人材が豊富で、ソフト開発のコストも安いのですか。 向井 戦後日本では、技術力をもつ“金の卵”が東北地区から東京へ大量に行き、高度経済成長を支えたのです。元々東北地区には、東京に向かおうとする人材が豊富でした。しかし、近年は少子化の影響で、1人っ子が多く、家族が東京へ出すことを敬遠しています。そのため、仙台市にIT人材が集結しつつあるのです。
ソフト開発だけのコストは、中国で実施する方が「東北オフショア」より安いでしょう。ただ、ドキュメントを書き、ブリッジSEが翻訳して、開発者に説明し、完成品を日本でテストするなどを考えると、完成するまでのトータルコストや労力は海外のオフショアが必ずしも得ではありません。東京地区に比べても、東北地区でソフト開発する方が1、2割安いです。
――こうして獲得した案件を東北本部の会員に情報提供するのですね。 向井 東京から取得したこうした案件は、1社で受注できません。そこで、コンソーシアム方式で案件を獲得することを検討しているのです。すでに、東京の大手ITベンダーから2、3件の案件が検討段階にあります。
当面、東京地区の案件の内容で特に狙いを定めているのは、業務システムの保守・サポートです。この保守・サポートを経験すれば、業務のナレッジが積み重なり、次の案件獲得に繋がるノウハウが身に付きますから。
東京地区のように、家賃の高い場所で多人数で保守・サポートするのは大変効率が悪いのです。そこで、通信技術が発達した現在、保守・サポートを地方に出す動きが活発化しています。
――東北本部の「商談会」では、こうした案件が出始めているのですか。 向井 「商談会」の案件は、受託開発を手がける同業者から人月単位で請け負う案件が多い状況です。ただ、これでは“下請け構造”のままですので、コンソーシアム方式などで直接受注できる体制を敷くべきです。
業種・業態に特化した案件を獲得して、なるべく長く、同じ業種・業態のソフト開発などに従事することで、特定のノウハウを付けることを推進したいと考えています。
すでに、東北6県を各県1回ずつ「商談会」を実施したのはご案内の通りです。今後は、ここに参加した企業へ案内状を出すものの、「商談会」は仙台市を中心に実施します。
将来的には、東北各県に支部を置くことを目指しますが、まずは、東北本部の会員数を設立5周年までに50社にしたいと考えています。50社集まれば、正式に事務所を構え、連絡などを担当する事務員を配置できるでしょう。
JIETの会員に限らず、東北地区のITベンダーは、横の情報交換が積極的です。そのため、JIETの「商談会」にわざわざ来なくても、案件を獲得できるようです。JIET会員が地方で増えない理由は、「商談会」のメリットを説明できないところにあります。東北本部は、東北6県をカバーしていますので、最も仕事の多い宮城県の案件を他の東北5県に案内できる強みを生かし、新規会員を引き寄せたいと思います。
また、全国組織のスケールメリットを生かし、全国の案件をデータベース化して、全国へ配分するなど、全国組織としての強みを生かした総合的な活動ができると、さらに会員数は増えるでしょう。
【PROFILE】
1943年、東京都杉並区生まれ、62歳。67年、埼玉大学理学部数学科卒。69年、ソニーに入社。86年、中鉢良治・現ソニー社長も在籍した記録メディアを開発するソニー・マグネ・プロダクツの情報システム部部長に着任。89年、情報システム構築のソニーシステムデザイン(現・ソニーグローバルソリューションズ)の取締役仙台支社長。95年、同社常務取締役。00年のネットワンシステムズ顧問を経て、01年2月にネットワーク構築の専業ベンダーとしてタオネットを設立し、代表取締役社長に就任。「地域貢献と若手IT人材の育成」を目的に宮城県仙台市にタオネットを設立したが、向井社長自身は、地域貢献の一環で、宮城県中小企業支援センターが主催する「実践経営塾」でITを担当するビジネスプロデューサーとしても活躍している。