ITシステムの手直し“特需”に期待
数百億円規模の波及効果
企業による内部統制の強化が迫られている。金融庁は「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」の確定作業を進めており、これを受け、基準を満たすためにERP(統合基幹業務システム)などITシステムの手直し作業が“特需”として発生する可能性が高まっている。IT関連の投資額は今後5年間で少なくとも数百億円に達するとの見方もあり、経済的な波及効果は大きい。ITベンダー各社は、顧客企業からの内部統制に関する要望に即応できる体制づくりが求められている。(安藤章司●取材/文)
■金融庁、7月に草案公表 最大で約4500社が対象に 株式公開企業の粉飾決算など相次ぐ不適切な情報開示を受けて、金融庁は企業の内部統制の基準づくりに着手した。今年7月13日に「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」の公開草案が公表され、現在基準の確定作業が進んでいる。基準が公開されれば、企業経営者は基準に準じた内部統制の強化が求められ、関連するITシステムの手直しが発生すると予測される。
今回の基準の適応範囲は明らかにされていないが、仮に東証マザーズやヘラクレスなど新興市場に株式を公開している企業も含まれるとすれば、国内でおよそ4500社が対象になる。内部統制では、経営者が財務諸表などの情報が正しいことを最終的に担保できる仕組みづくりが求められおり、文書管理フローや情報アクセス権限の設定、アクセス履歴の管理などで強化が必要と見られている。
ITの手直しですべて対応できるわけではない。たとえばアクセス権限ひとつとっても、企業のガバナンス(企業統治)に関わる部分であり、監査法人や経営コンサルティング会社など専門家の助言が必要になる。こうした需要の高まりを敏感に察知したコンサルティング会社のアビームコンサルティングは、10月6日付で内部統制システムの構築支援サービスの開始を発表。当初約30人体制でサービスを開始するが、今後1年間で兼任も含め約300人体制に拡充するとしている。
仮に来年早々にも内部統制に関する金融庁の基準が確定すれば、早い企業で来年度(2007年3月期)から内部統制強化に向けた取り組みが始まるものと見られる。07年度(2008年3月期)にはさらに多くの企業が内部統制の強化に動き始めると予測されており、ITシステムの手直しなどの需要も高まると考えられる。ERPパッケージなどを開発するITベンダー各社には、会計士やコンサルタントから内部統制強化の実現に向けて「ERPの手直しでどこまでカバーできるのか」などといった、問い合わせが相次いでいるという。
米国では、企業改革法(サーベンス・オクスリー法=SOX法)の施行により、ひと足早く内部統制の強化が行われている。米国などの市場で株式を公開している日本企業の一部は、すでに国内においても「内部統制の強化に乗り出している」(ERPパッケージベンダー幹部)と、米国の基準に準ずる形で内部統制強化に着手しているという。
今回、金融庁が公開した草案は、米SOX法の財務報告の部分に相当する基準であり、「限定された範囲にとどまる」(同)という見方もある。だが、グローバルでビジネスを展開している企業の中には、国際水準に見合った内部統制の仕組みを導入することで、先進諸国の企業と同じフェアな競争条件を整え、ビジネス基盤の強化を目指す動きが見られる。
■ERM市場は8900億円規模に 早くも対応モジュール販売も ERPベンダーの中でも、すでに内部統制強化に関するモジュールの販売を始めた企業もある。ERPパッケージ開発のグロービアインターナショナルは、セキュリティの管理や監査を容易にするモジュールを9月1日から発売した。部署や職制などの役割や権限に基づくITシステムの利用やセキュリティの設定、異動や配置替えの時に発生する設定変更を容易にするなど、米SOX法で要求される「役割の分離」を強く意識した内容に仕上げた。内部統制を強化するには、ITシステムのアクセス権限などの設定がよりきめ細かくなるため、「まずはこうした設定に関する操作性を向上する機能が求められる」(田村元・バイスプレジデント)と同社では見ている。
アクセス権限などのITシステムの運用をより厳密化することで、財務諸表などの情報を後から当事者や第3者が評価したり、検証・追跡をできることが内部統制の強化では求められる。これにより、開示情報の誤りや粉飾をチェックでき、株式市場における情報の信頼性向上に役立つようにするのが狙いだ。内部統制に対応しているERPベンダーはまだ一部に過ぎないものの、来年度はベンダー各社から一斉に内部統制に対応したモジュールや製品が発表される見通しだ。
ERP市場は、西暦2000年(Y2K)問題の時に基幹業務システムを刷新した企業群が、そろそろ入れ替えや見直しを行う時期に差し掛かっている。今回、内部統制強化の動きがきっかけとなり、文書管理やアクセス権限の見直し、セキュリティの強化、さらには財務会計システムを中心とした基幹業務システムの刷新へと商談が発展する可能性も十分あり得る。IT専門調査会社のIDC ジャパンによると、ERPや関連するミドルウェア、プラットフォームなどを含めたERM(エンタープライズリソースマネジメント)市場は、05-09年までの5年間で約1000億円伸びて8896億円に達すると予測している。
この市場予測は、内部統制の強化にともなう“特需”も織り込んでおり、「5年間で数百億円」(梶田久司・IDC ジャパンソフトウェアシニアマーケットアナリスト)のERM市場拡大効果があると推定している。ERMには文書管理やセキュリティなどが含まれていないため、実際には基幹業務システム以外の周辺需要も期待でき、さらに大きな経済波及効果も期待される。来年度以降、内部統制強化に関連した需要が本格化すると見られており、ITベンダー各社は顧客からの要望に即応できる体制づくりを急ぐ必要に迫られそうだ。
 | 財務報告に係る内部統制の 評価及び監査の基準 | | | | 米国企業改革法(SOX法)の財務報告の部分に相当するとされる内部統制の強化に関する国内基準。 米国では巨額の不正取引が発覚したエンロン事件をきっかけに、企業の内部統制の重要性が認識された。米国証券取引委員会(SEC)登録 |  | 企業の経営者に開示情報が適切である宣誓や、財務報告に係る内部統制の有効性を評価した内部統制報告書の作成も義務づけられた。 米国以外でも、英国、フランス、カナダ、韓国などにおいても同様の制度が導入または導入の過程にあるという。 | | |