IPA、OSSデスクトップの実証を開始
運用サポート体制を確立せよ
情報処理推進機構(IPA、藤原武平太理事長)は、オープンソースソフトウェア(OSS)の普及促進を図るため、公募で採択された4自治体でOSSデスクトップの導入や運用サポートに関する実証実験を開始する。OSSデスクトップ普及の要となるのは、地方における運用サポート体制の確立にあるといわれる。この体制が整い自治体にOSSデスクトップが普及すれば、「地場の中小IT企業に経済効果をもたらす」ことが期待されている。採択地区のうち、地場ITベンチャーが支援に名を連ね、IPAが「最重点地区」と位置づける北海道札幌市の動きを追った。(谷畑良胤●取材/文)
■市内ベンチャー4社が推進体制に参加 札幌市では、過去に「財務会計システム」などを市役所に納入した実績のあるテクタスが代表企業となり、運用サポートなどに市内の地場ITベンチャー3社を加えた体制を敷いた。他の採択地区3件では、NECや地銀系大手ITベンダーなど有力IT企業が中核になっているのに対して、いずれも全国的には無名に近いIT企業。しかし、今回の実証で大きな目的の1つに掲げられている「地場のIT企業へ経済的効果をもたらす」(IPAの宮崎卓行・ソフトウェア開発支援部OSSグループリーダー)という題目を検証する上で、最も動向が注目される地区である。
札幌市の推進組織「自治体オープンソースデスクトップ推進企業コンソーシアム」は、テクタスを中心に受託ソフトウェア開発などを手がけるアカダマ、サンビットシステム、テクノフェイスの市内ITベンチャー3社、OSとアプリケーション提供会社としてターボリナックスのほか、市部局、IT関連サポート事業者の協会「日本ユースウェア協会」などで構成されている。
ITベンチャー2社には、市が優秀なIT技術者に与える「札幌市ITマスター」の認定者が所属している。実証実験を開始したあとは、2社以外のマスターにも門戸を開き、多くの市内IT企業がOSSデスクトップに関する導入や運用サポートなどのノウハウを享受できる仕組みを検討している。
実証実験を行う札幌市水道局は、市内12か所に拠点を設置。上水道場や給水場、廃水場などのほか、ダムの地下にも事務所がある。冬場は気温が零下になる地域で、水を扱う場所でもあり「デスクトップにとって大敵の結露が発生しやすい環境」と、アカダマの三原孝義社長は説明する。
市経済局産業振興部の町田隆敏産業企画課長は、「186万市民のライフラインの1つである水は、安定供給が必須。OSSデスクトップの故障で職員の連絡手段が途絶え、業務に支障を来たすことは許されない」と、あえて厳しい条件下での実験を選択した。
札幌市には、職員約1万5000人に対し、クライアントPCが約1万1000台配置されている。すべてがウィンドウズOS搭載機だ。計画では、水道局へ実証実験用にOSSデスクトップを100台以上設置する。このOSSデスクトップは、ターボリナックスの最新LinuxOS「TurbolinuxFUJI V11(FUJI)」を搭載した機種で、来年1月中にも納入する予定だ。
■運用コストの削減効果を検証  | | 周辺機器もOSSから利用を | | | IPAが予算化した「自治体におけるオープンソースソフトウェア活用に向けての導入実証」は、北海道札幌市、栃木県二宮町(代表企業、NEC)、大分県津久見市(同、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所)、沖縄県浦添市(同、おきでんエス・ピー・オー)の4市町の「採択地区」でスタートする。 実証実験では、各採択地区にOSSデスクトップを導入し、効果的な活用方法や経済的効果、運用サポートなどに関する課題を明らかにする。その上で、既存の資産(周辺機器やデータなど)をOSSデスクトップから利用できるようにするための移行方法を確立する。 各採択地区では、来年1月中にもOSSデスクトップが導入され、同5月に「報告書」がまとまる。これを機に、IPAでは、活用方法や導入手順、運用方法、導入ガイドブックなどを作成する。昨年は、教育機関を対象に実証実験をしたが、「導入コスト削減は明確になった」としている。 | | |
コンソーシアムでは、協力して水道局のOSSデスクトップ用にヘルプデスクを設置し、導入後の故障や運用上のトラブルなど、不測の事態に対処する。アカダマの三原社長は、「市水道局は拠点数が多く、冬は雪で足場が悪くなる。それでも、呼ばれれば迅速に対応できる体制を築かなければ」と、悪条件下でのサポート体制に力を入れる。
札幌市の実証実験では、OSSデスクトップへの移行方法や導入後の保守、運用サポート体制を地場のITベンダーだけで確立できるかが問われる。IPAは昨年、OSSデスクトップの実証実験を教育機関を対象に実施。その結果、「導入費用を抑えることはできた。だが、運用サポートのコスト削減効果を実証するまでには至らず、この点を自治体の実証実験で確かめたい」(IPAの宮崎グループリーダー)という。
札幌市は、情報産業を積極的に振興する都市として知られる。地場IT企業を育成するほか、IT企業を誘致し、市郊外には「札幌バレー」と呼ぶIT集積地も形成されている。北海道経済産業局によれば、全道の情報産業企業(約8割が札幌市に集積)の売上高は昨年、3172億円に達し、年々増加傾向にある。
だが、1社当たりの従業員規模は50人未満の中小規模IT企業が約8割を占め、同業他社や大手IT企業から仕事を受託する「下請構造」で収益を上げるところがほとんどだ。同局では「下請けから脱却するため、OSS分野を含め強みを発揮する」ことを期待している。
札幌市の町田産業企画課長は、「今のところ、自治体にはウィンドウズ搭載のクライアントPCしか選択肢がない。だが、導入コストや運用サポートの費用などが不確かなモノ(現状ではOSSデスクトップ)には、手を出したくないという意識も一方にある。今回のOSSクライアントの実証実験が成功すれば、市の情報産業界にとって、いろんなイノベーション(革新)が起こると期待している」と話す。実証実験によってコスト削減が明確になり、地場IT企業に導入や運用サポートのノウハウが浸透すれば、札幌市の水道局以外の部局や他市町村、民間企業もOSSデスクトップを導入することが見込まれるという。
IPAは、「ウィンドウズに対抗するのが、今回の実証実験ではない」(宮崎グループリーダー)として、OSSをウィンドウズとは異なる選択肢のひとつと位置づける。厳しい条件下での実証実験という札幌市の取り組みが、OSSデスクトップ普及の“試金石”となることは間違いなさそうだ。