実業務への落とし込みにとまどい?
導入企業は12%にとどまる
2002年12月に発表された「ITスキル標準(ITSS)」が来年3月に改訂される。約3年ぶりの大幅改訂となる「ITSS バージョン2」は、職種やスキルレベルの内容の見直しが図られる。この約3年間、日本政府が定めた初めてのITスキル指標であるITSSを、IT業界はどのように評価し、活用してきたのかを追った。人材不足が慢性的な問題となっているなか、ITSSはそれを打開するための一翼を担っているのか──。(木村剛士●取材/文)
■IT技術者のスキルを可視化 採算性の把握にも有効だが 06年3月に発表される「ITスキル標準(ITSS)バージョン2」は、02年12月に公開されたバージョン1から約3年ぶりのメジャーバージョンアップ版となる。
ITSSは、ITエンジニアを11職種、38の専門分野に分け、それぞれのスキルレベルを7段階に区分けした指標。この指標で定めたスキルを、再度見直すことが今回の改訂内容の大きな柱となっている。
優秀なITエンジニアが慢性的に不足しているなか、ITSSの利用メリットは大きい。ITエンジニアのスキルレベルを正確に把握することで、人材育成プログラムの作成に役立つ。また、ITSSで各ITエンジニアのスキルを可視化しておけば、開発案件ごとに、最適な人材を迅速に選定することが可能になる。不採算案件撲滅施策の1つとしても活用できるわけだ。
実際に、大規模案件で複数の不採算プロジェクトが表面化した、ある中堅ソフト開発会社トップは、「技術者のスキルを何となくでしか把握していなかったことが問題。エンジニアのスキルを見誤った」という反省から、ITSSの導入を決断している。
エンジニアのスキルが“見える”ITSSを活用しようという機運は確実に高まっている。
■本来の目的を生かし切れず 人事評価の基準として活用 バージョン1からITSSの作成および活用促進を行っている情報処理推進機構(IPA)の平山利幸ITスキル標準センター企画グループ主幹は、「関心の高さは予想以上だった。この約3年間で人材教育の必要性を認知させることができた」と自己評価する。IPAが今年行ったITSSに関するアンケート調査によると、「導入を検討している」とした企業は、全体の68.0%にもおよぶ。日本政府が初めて定めたITスキルの指標だけに関心はやはり高く、認知度も向上した。
ただ、実際に導入した企業は驚くほど少ない。IPAの調査では、導入を検討していると回答した企業は68.0%だが、実際に導入している企業はわずか12.0%。興味や関心を持ち検討するものの、導入に至らないのが現状であることを浮き彫りにしている。
また「ITSSが狙い通りに活用されているかと言えば、そうではない」(ITSSユーザー協会の高橋秀典専務理事)という意見もある。高橋専務理事は、「ITSSを単に評価基準として、人事制度や給与体系を決めるだけのために利用するケースが目立つ。本来の利用方法は現在のスキルを可視化して、人材育成プログラムの作成に役立てるのが目的なのだが」と、実態とのギャップを指摘する。ITエンジニアのスキルアップという本来の目的を達成していないというのだ。
あるITベンダーの人材育成担当者は、「ITSSの導入を検討しているものの、実際どのように人材育成プランに落とし込んでいけば良いかがわからない」と打ち明ける。IPAの調査では、ITSSの活用方法や評価基準などを示すガイドブックがあった場合、購入するかとの問いには、82.0%が購入すると回答している。つまり、「導入したいがその術を知らない」「導入の仕方が間違っている」企業が多いわけだ。
 | | ITスキル標準 | | | 「ITスキル標準(ITSS)」は、2002年12月に経済産業省が策定した。日本政府が初めて作ったITスキルに関する指針で、ITサービスの提供に必要な実務スキルを指標化。バージョン1では、11職種38の専門分野に分け、それぞれに7段階のスキルレベルを設定している。人材育成施策に利用したり、技術者のスキルを可視化することなどに役立てることができる。 策定後、03年7月には情報処理推進機構(IPA)に、「ITスキル標準センター」が設置され、具体的な内容の作成支援施策を進めている。また、同年12月にはITSSの普及・啓蒙活動団体として特定非営利活動法人(NPO)ITSSユーザー協会が設立されている。ITSSユーザー協会では、ユーザー企業が会員の中心になっており、約160会員(05年10月時点)が集まっている。 来年3月には、「バージョン2」が発表される。職種やスキルレベルの内容の見直しが主な改訂内容となっている。また、バージョン2は、約3年ぶりのメジャーバージョンアップとなるが、バージョン2以降は毎年改訂されることになっており、10月に公開される。 | | |
■Ver.2への反応はいまひとつ 有効的な活用方法を模索 10月1-20日の20日間、IPAのITスキル標準センターは、来年3月に発表予定の「ITSS バージョン2」の改訂方針を10月1日に公開したことを受け、この方針に対するパブリックコメントを求めた。
これに応じてコメントを出したのは、わずか11人。「今後毎年更新されるというスケジュールに関するコメントが多く、改訂内容について具体的に言及するコメントは少なかった」(平山主幹)という。具体的な内容について、議論できる状況ではないことを物語っているようにも感じる。
ITSSユーザー協会は、この状況を受け、ITSS導入を支援するコンサルタントの認定制度を設ける計画を打ち出し、ITSSの“有効的な”活用を今後促進していく予定だ。また、IPAでは、経営者向けにITSSの利点や内容を理解してもらうため、約80ページで構成する「ITスキル標準経営者向け概説書」を新たに作成。認知から実際の業務への普及・活用に向けた取り組みを始めた。
IT投資が回復基調にあり、開発案件は増加傾向が続いている。優秀な人材の確保が今後大きな課題になるのは明らかだ。ITSSの導入は1つの方法に過ぎないが、「ITエンジニアのスキルを幅広くチェックできる尺度」(平山主幹)だけに利用価値も高い。本腰を入れて人材育成施策に取り組むべき時がきている。