その他
<e-Japan総括>韓国にみる先端電子社会の現実
2006/01/02 14:53
週刊BCN 2006年01月02日vol.1119掲載
「韓国は行政の電子化で世界のトップクラスにある」といわれて久しい。ところが実際に現地に行くと、これといって最先端の技術や斬新なシステムが発見できるわけではない。なるほど韓国はADSLの高速インターネットで先駆け「インターネット先進国」と称されたが、統計によると現在は日本が逆転した。光ケーブルの普及率は日本の方がはるかに勝っている。にもかかわらず、韓国に対する世界的な評価が高いのはなぜなのか、日本から出向いた多くの人が首を傾げる。電子化することの基本的な考え方や市民の意識を理解して初めて「見るべきもの」が見えてくる。韓国が国をあげて取り組んでいる電子化政策の本質に迫ってみた。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)
「電子民主化」が発想の基本に
ユビキタスは「自由化の基盤」
韓国の首都・ソウル特別市。昨年の正月は最低気温が零下20度以下という極寒、市を南北に区切る漢江が15年ぶりに凍結したほどだった。この新年はそこまでではないにしても、零下5度を超える日は数えるほどしかない。
昨年12月、ソウルでは無料の地上波デジタル放送「DMB」(Digital Multimedia Broadcasting)が携帯電話で受信できるようになった。テレビを観るため横型ディスプレイを装備した携帯電話が発売され、龍山や江西の電気街は新機種を求める買い物客でごった返した。
携帯電話を手に入れた人が真っ先に向かうのは銀行だ。電池の奥に個人認証用のICチップが埋め込まれるようになっていて、銀行の支店で国民番号をもとに口座番号、決済条件などを記録してもらう。すると電車やバスの乗車賃、ビデオのレンタル料まで携帯電話で決済できるようになる。
■合言葉は「ユビキタス」
「ブロードバンド・インターネットの先進国」といわれる韓国だが、携帯電話は音声通話が主流で、カメラ付きの機種が普及し始めたのは昨年の春からに過ぎない。ところが、個人認証や電子決済の機能を備えているので、「国民1人に1台の必携品」になりつつある。「必需品」の言い間違えではない。国民番号が入っているからだ。
韓国では「大韓戦争」(日本では「朝鮮戦争」または「朝鮮動乱」)が終結したあと、全国民に統一の番号(当初は7桁、現在は9桁)が割り振られた。生まれてから死ぬまでの履歴が、データベースに集約されていく。日本でなら「個人情報の国家管理だ」と抗議運動が起こるところだが、韓国ではそれが当たり前、不審尋問を受けたとき国民番号証明を持っていないと逮捕されても文句を言えない。反対に「なぜ日本では国民統一コードに反対する人がいるのか」と質問される。
当初は「北」からの潜入者を識別するのが目的だったが、現在は「民主化・自由化の基盤」と認識されている。「いつでも・どこでも・だれでも」のユビキタス社会を実現するインフラというわけだ。
その典型が携帯電話で、サービス会社には「いつでも・どこでも・だれでも」の環境を用意することが義務づけられる。事業許可を得る必須条件になっているというより、地下鉄で通話ができないのでは消費者が相手にしない。マナーモードもあるにはあるが、会議中に呼出音が鳴れば「ちょっと失礼」の一言で済む。電車の中での通話は当たり前、とがめる人がいるわけがない。
■行政を市民が監視する
このような状況を背景に、韓国における行政の電子化は進んできた。日本からは「まずインターネットありき」のように見えるが、実は「行政を市民が監視し、行政は市民の要求にこたえなければならない」という考え方がある。
きっかけは1997年に起こった通貨危機による経済破綻だ。軍部と結びついた財閥が政治家と結託して国の経済を破滅に導いた、という認識が、市民を動かした。日本の電子行政システムは行政手続きの電子化、つまり「e-Government」だが、韓国では「e-Democracy」(電子的手段を用いた民主化)なのだ。
「世界No.1のe-Democracy」を標榜するソウル特別市の江南区役所には、毎年、日本から1500人以上の視察が押しかける。「日本の皆さんが、システムのことしか興味がないのは不思議ですね」と同区職員のオン・キムユン氏(コンピュータリゼーション&インフォメーション部門チーフプランナー)はいう。日本からの視察者はシステムに目を奪われ、電子化を推進するための思い切った制度改革に気がつかない。
昨年1月、同区で電子的手段による国税と住民税の納税額が1000億ウォン(約100億円)に達したとき、区が展開したのは「1000億ウォン目の人に乗用車をプレゼント」というキャンペーンだった。あるいは住民票をキオスク端末で入手する場合、窓口で職員の手を煩わせるより手数料が3割以上安い(窓口は800ウォン、キオスク端末だと500ウォン)。プッシュとプルの施策が講じられている。
■公共調達を市民に諮問
e-Democracyに適用する業務処理システムはどうかというと、まず中央政府の自治行政部が基本的なガイドラインを示し、その下で韓国地方行政協議会(KALI:全国264行政区の代表組織)が技術標準を定める。
どこかで先進的なシステムを構築すると、審査を経て「標準」となる。税金で作ったシステムは、ほとんど無償で他の自治体に提供される。
このため江南区で開発したWeb型住民サービス・システム(住民票、土地台帳記録、課税証明等発行システム)は全国で採用され、最南端の済州市の住民が江南区の端末から自分の住民票を入手することも可能だ。
そこにパッケージが採用されればビジネス基盤が安定する。そこでサムスン(三星電子)やLG(金星)グループからスピンアウトしたITベンチャーにもチャンスがある。中小企業庁が創設した「ベンチャー認定制度」に適合すれば、市中金融機関から無担保融資が行われる。
さらに行政府が行う公共調達は、市民に諮問しなければならない。個々の条件は条例で定められるが、大田市の場合、「発注は地元企業に6割」「市民諮問委員会がシステム提案を審査」「予算執行について市民が監査」といった規定がある。特定の大企業に発注が集中したり、官・民の癒着を未然に防ぐのが狙いだ。ここでもプッシュとプルの施策がある。
■大学もインターネットで
もうひとつ忘れてならないのは、インターネットを使った大学「サイバー・ユニバーシティ」。ソウルへの極端な一極集中に歯止めをかけるべく、政府が力を注いでいる政策で、受講者には国の助成金が支給され、MBAをはじめさまざまな技術資格が取得できる。既存の大学の履修単位が認められるばかりか、「士業資格はサイバー・ユニバーシティの方が重視される傾向にある」と韓国e-ラーニング協会のキム・ヨンスン会長は言う。
とはいえ、何ごとにも光と影の部分がある。韓国でいま注目されているのは「インターネットにおける匿名の禁止」だが、市民の間から「自由な発言を制限する危険性」が指摘されている。
ネット人の発言がダイレクトに政治に影響を与える(実際、前回の大統領選挙ではネット人の発言が投票の2割を左右したとされる)ためだ。
また、近隣諸国(特に日本)の情報がインターネットでダイレクトに入ってくることや、ハングルとアルファベットしか読めない世代の増加も無視できない。特に「漢字で書かれた歴史書や古文書を研究する人がいなくなると、固有の歴史や文化が失われる」と、社会秩序維持派が抵抗感を示している。急激な民主化・自由化に対して、社会秩序を求める動きが顕在化してきた。
「韓国は行政の電子化で世界のトップクラスにある」といわれて久しい。ところが実際に現地に行くと、これといって最先端の技術や斬新なシステムが発見できるわけではない。なるほど韓国はADSLの高速インターネットで先駆け「インターネット先進国」と称されたが、統計によると現在は日本が逆転した。光ケーブルの普及率は日本の方がはるかに勝っている。にもかかわらず、韓国に対する世界的な評価が高いのはなぜなのか、日本から出向いた多くの人が首を傾げる。電子化することの基本的な考え方や市民の意識を理解して初めて「見るべきもの」が見えてくる。韓国が国をあげて取り組んでいる電子化政策の本質に迫ってみた。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)
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