IT投資分を診療報酬に上乗せ
インセンティブ導入で新たな展開
医療のIT化を推進する観点から注目されていた2006年度の診療報酬改定が2月15日の中央社会保健医療協議会総会の答申で正式決定した。診療報酬全体が3%強引き下げられるなかで、IT新改革戦略の目玉であるレセプト(診療報酬明細書)の完全オンライン化に向けて「電子化加算」が新設され、医療費の内容が分かる領収証の交付も義務づけられた。厚生労働省と経済産業省では、06年度施策として医療機関の地域連携を推進していく。これらの施策によって医療のIT化は一気に加速するのか。ITベンダーにも、医療の質向上や経営効率の改善に向けたシステム提案など、IT需要を活性化させるための努力が求められる。(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)
■加算点数に落胆の声もあるが、医療のIT促進策には一定の評価 「電子化加算も10点くらい認めてくれると期待していたが…。しかし、新設が認められただけでも画期的なこと。次はITベンダーに汗をかいてもらいたい」(大山永昭・IT戦略本部本部員=東京工業大学教授)─IT業界が期待していた電子化加算(IT投資分を初診料に30円上乗せ→キーワード参照)の新設が決まった。昨年5月に公表された厚労省の標準的電子カルテ推進委員会最終報告でも、医療のIT化に向けてインセンティブ導入の必要性が指摘され、昨年秋には日本医療情報学会でも要望書を提出して、ようやく実現にこぎ着けた。
IT業界では、IT新改革戦略で2011年度までのレセプト完全オンライン化が打ち出されて期待が大きかった分、加算点数がわずか3点だったことに落胆の声も聞かれる。しかし、IT化による医療の質向上などの効果が今後実証されていけば、点数アップの可能性もある。さらに電子化加算以外にもIT化に関係する項目がいくつか盛り込まれた。日本医療情報学会理事の豊田建HCI社長も「今回の改定を踏まえてITベンダーがいかに効果的な提案を行えるかがポイント」と指摘する。
地域連携パスによる医療機関の連携体制の評価が新設されたことも、IT化を大きく後押ししそうだ。地域連携パスを活用して、医療機関の間で診療情報が共有される体制が確立されていることを診療報酬で評価する制度で、今回は対象疾患が大腿骨頚部骨折の患者だけに限定されたが、将来的には対象疾患も拡大されるだろう。
診療情報の共有には当然、ITが有効なツールとなるわけで、厚労省が06年度に保健医療分野の公開鍵基盤認証局の構築に乗り出すほか、経産省でも地域医療情報連携システムの標準化の実証事業を06年度から3か年計画でスタートさせるなど、ITによる診療情報の共有に向けた基盤整備も進みだしてきた。
■ベンダーの受注競争にも拍車 カスタマイズやめてコスト削減 医療ITの国内市場は、病院(20床以上)約8000、診療所(19床以下、無床)約9万のほかに調剤薬局、医療検査機関、介護施設、健康保険組合などの保険者、民間医療保険を扱う保険会社など多岐におよぶ。これまでは厚労省が補助金などで電子カルテの普及に力を入れてきたが、昨年4月の調査では400床以上の病院(約800)で普及率は20%。その他の病院や診療所を加えると5%に満たない未開拓分野だけに、「ITベンダー間の受注競争も一段と激しくなっている」(岩波利光NEC執行役員)と各社の力も入ってきた。
電子カルテではトップシェアの富士通では、これまで必ずカスタマイズを要求していた病院がノンカスタマイズで電子カルテを導入する事例が増えていることに注目する。「病院のコスト意識が高まっており、すでに50の病院がノンカスタマイズで導入。『利用の達人の会』というユーザー会を組織している」(石田清信経営執行役)という。今年1月に電子カルテのブランドを統合して新商品を投入したばかりのNECでも意識変化を実感しており、「ITベンダーも1床当たり150万円といわれてきた導入コストを100万円以下に下げる努力が必要」(岩波執行役員)と価格競争を意識し始めた。
富士通では、レセプトの完全オンライン化対応にも力を入れていく。「完全オンライン化のためには病院、診療所だけでなく健保組合などの保険者や診療報酬の審査支払機関のIT化も進める必要があるが、富士通健保組合を見てもほとんど進んでいない」(山路雄一・ヘルスケアソリューション事業本部副本部長)状況であり、大きな需要が見込めると期待する。
■韓国に比べても5年の立ち後れ、欧米は全国民の電子診療録作成へ  | | 電子化加算 | | | | 電子化加算とは、一定の要件を満たしているITシステムを導入した医療機関に対して初診料に3点(30円)を加算する制度で、2010年度までの時限措置。加算の要件は、(1)レセプト電算化システムを導入していること(2)試行的オンラインシステムを活用したレセプトのオンライン請求を行っていること(400床以上の病院)(3)医療費の内容が分かる領収証を交付していること─の3項目が必須要件で、(2)だけ1年間の猶予期間が設定されている。さらに選択的要件として、インターネットによる電子予約、電子紹介状、電子カルテによる病歴管理、電子的な診療情報提供など11項目が定められており、このうち1項目を実施するのも要件となっている。診療報酬改定は原則として2年に一度だが、必要に応じて見直しが行われる場合もある。 | | |
一方、医療情報システムや地域連携パスなどのプラットフォームとして市場開拓に乗り出してきたのが日本オラクルだ。今後、日本でも複数の医療機関で診療情報を共有するニーズが増えることから同社の医療用データベースシステム「HTB」に対する需要も拡大すると予想、半年ほど前から本格的な受注活動を開始した。「HTBは世界標準HL7の最新版であるバーション3をサポートしており、セキュリティ面でも強みを発揮できる」(宮本竜哉・医療インダストリー本部長)と、受注獲得に自信をみせる。
小泉首相のレセプト完全オンライン化宣言で、ようやく動き出した日本の医療IT化だが、世界の動きと比べると対応が不十分との声は少なくない。すでに英国では02年から全国民のEHR(電子カルテ)を進める国家プロジェクトに着手しており、米ブッシュ大統領も04年に「10年以内に全ての米国人のEHRをつくる」と表明するなど、世界的に医療IT化が猛スピードで進み出している。それに比べて日本は、レセプトのオンライン化をほぼ終えている韓国に比べても5年以上遅れているのが実情だ。
「欧米での試算などから推計して、日本で相互連携型電子カルテを構築するコストは3兆円。それによって医療費を削減する効果は5兆円以上で、十分な効果が期待できる」(田中博・日本医療情報学会会長)─今後、少子高齢化が急速に進むなかで、医療費の抑制は緊急の課題であるのは間違いない。IT業界からも、政府の強いリーダーシップを求める声が高まっている。