情報サービス産業協会(JISA、棚橋康郎会長=新日鉄ソリューションズ会長)は、今年度上期中をめどに取引適正化に関する業界標準の策定を目指す。労働者派遣法に絡んで「派遣か否か」の線引きを明確化。関係省庁への政策提言を通じて理解を求めていく考えだ。客先常駐や多重構造など業界慣習の一部が「派遣法に抵触する」との指摘が都道府県労働局から相次いでおり、業界として指針を示すことで適正化を図る。仮に今回の「業界標準」が認められなければ、「現状での事業継続は困難」(JISA)とさえ言われており、抜本的な構造改革を迫られる可能性もある。(安藤章司●取材/文)
派遣法で独自業界標準策定へ
「派遣か否か」の線引き明確に
■今年度上半期中めどに、JISAが業界の改善策を提言 大規模なシステム開発案件では、ユーザーに複数の業者が常駐してプログラムの開発を行うケースがある。いわゆる「客先常駐」と呼ばれる形態で、ひと目見ただけでは「派遣社員」と区別がつきにくい場合がある。このため無用な誤解を避ける目的で、JISAが中心となって独自の業界基準を策定し、1985年の派遣法制定以来20年余りの間、関係省庁の「理解を得てきた」(JISA関係者)経緯がある。
だが、大幅な規制緩和を盛り込んだ改正派遣法施行後の04年頃から「実態として派遣と見られる部分がある」と当局の見方が変わった。規制緩和と同時に事後の監督を強化することで労働者保護に努めようとする政府の方針を受けたものだ。
派遣に絡む実態の調査を進めてきた関係当局は情報サービス産業に「重大違反事例」が潜んでいる可能性があると判断。JISAは、派遣や請負、委託など取引基準を明確化することで当局の理解を得ようと努めているものの、労働局は「契約形式ではなく実態に即して判断」すると、一筋縄ではいかない様相になってきている。
適正化に向けたJISAの新たな「業界基準」では、業界としての基準やコンプライアンスの指針を示すことで、派遣か否かの区別を明確化するとともに、人材を集めることが業務の中心になっている人材ブローカー的な業者に依存していた工程を改めるよう努めていく。業界としての政策提言や改善を通じて当局の理解を得ていく考えだが、20年前とは環境が大きく変化しており、そのまま受け入れられるかどうかは予断を許されない状況だ。
■派遣との本質的な違いを主張「絶対に譲れない一線」との声も かつてのメインフレーム時代は客先常駐が当たり前だった。巨大で高価なメインフレームをベンダー側に持ってくることは物理的に不可能。通信網も未発達で遠隔地での開発も思うようにいかないことなどから、業界標準が認められてきた経緯がある。
しかし、時代は変わった。ゼロから手組みするスクラッチ開発は減少し、パッケージソフトをベースとしたカスタマイズが増加。ブロードバンドの発達で手持ちのパソコンを使って海外でも開発ができるようになった。開発の柔軟性が飛躍的に高まったものの、一方で情報漏えいの防止などセキュリティ対策の影響もあって客先常駐への需要は依然として衰えていない。
客先常駐は一見「派遣」と似ていて、当局が「紛らわしい」と指摘しているにもかかわらず、どうして情報サービス業界は頑なに「派遣ではない」と言うのか──。大手情報サービス企業ほど「請負か委託であり、派遣ではない」と強く主張するケースが目立つ。
まず本質的に「派遣ではない」という側面がある。一部の開発業務に客先常駐があっても、「顧客企業の指揮命令系統に属しておらず、独立したビジネスパートナー」(大手ソフト開発ベンダー)で、派遣とは本質的に違うと説明する。顧客は情報システムを設計したり、開発したりできないからITベンダーに発注するわけで、その限りにおいては対等な立場でプロジェクトをする。もし「派遣」となれば顧客に従属する“人出し”をしているにすぎず、実態とも異なる。
派遣では開発人員1人あたりの1か月のコストを表す「人月」ベースの受注になり、人月×月数で売り上げが決まってくる。付加価値がつけにくい人月仕事から脱却して、経営課題を解決する度合いによって価格を決めるソリューションビジネスへの転換を図ってきた業界の努力は報われない。より多くの人員を送り込めば売り上げが増えるため、生産性向上やコスト削減を工夫するモチベーションも下がる。業界としては、「絶対に譲れない」(ソフト開発関係者)一線というわけだ。
■多重構造なければ仕事は困難 適正化めぐり抜本的な改革も  | | 派遣法上の制約 | | | | 実態は「派遣」なのに「請負」だと主張する「偽装請負」、派遣先に他社の社員を派遣する「多重派遣」の禁止など派遣には厳しい制約がある。改善指導などに従わない場合は、より強い改善命令が発せられることもある。情報サービス業界における命令の前例はないというが、万が一、命令にも従わないケースが出てくれば刑事告発の選択肢もあり得る。労働局は「できることなら改善に向けた支援を基本としたい」と業界の自主改善を強く促す。 | | |
さらに問題を複雑化させているのは業界が抱える多重構造だ。大規模な開発案件になると複数のベンダーが開発に関わる。IT技術の高度化が進み「1社だけですべてのテクノロジーをカバーするのは困難」(JISA幹部)な状況にある。多くのケースではベンダー1社が元請けとなって複数の専門業者に発注する。なかには客先常駐しなければならないケースも出てくる。
しかし、例えば顧客A社が元請けB社としか契約していない状況で、業界他社C社の社員の客先常駐が「派遣」と見なされれば、多重派遣の禁止に抵触して、改善命令や告発の対象になりかねない。
ただ、実際問題として、いったん大規模な開発案件がスタートすれば、技術を持った人材を大量に集める必要があり、人材を集めることを得意とする企業が存在するのも事実だ。こうした会社に人集めを依頼すれば、複数の企業から必要な人材を必要なだけ集めてくれる。欠員が出ても、また別のルートで同様の技量を持つ人材をすぐに補充してくれることから、大手ベンダーは「こうした人的ネットワークがあるからこそ巨大プロジェクトを迅速に立ち上げられる」と、メインフレーム時代から培ってきた人脈なしでは仕事が成り立たないと事情を話す。
ソフト開発の場合は、高度な技術が求められるため、顧客の指揮命令に属していないことを明確化しやすい。だが、システム運用などのサービス分野で客先常駐するケースでは、線引きはより一層難しくなる。
システム業界は、受託開発からソリューションビジネスへ、垂直統合から水平分業へ、クローズドからオープンへと急速に移行した。こうした中で「派遣問題」をどう解決し、多重派遣など「重大違反の温床」とまで言われる多重取引構造をどう適正化するのか──課題は山積している。従来型の業界標準が通用しない事態も想定されるだけに、抜本的な構造改革を視野に入れた取り組みが求められている。