景気好転が及ぼす悪影響
景気好転によるIT投資の拡大で開発人員の不足感が強まっている。うれしい悲鳴といいたいところだが、中小ソフト開発ベンダーのコアコンピタンスづくりに悪影響を与えるとの懸念が、一方ではある。急激な人材需要の高まりは、かつてバブル期がそうであったように、本来伸ばさなければならない戦略事業や人材育成をなおざりにしてしまう可能性があるというのだ。
中小ソフト開発ベンダーは、これまで海外オフショアの拡大やソフトウェアのパッケージ化の荒波に揉まれながら、自社の強みを明確化し生き残る道を必死で模索してきた。大手ソフト開発ベンダーへの人材派遣など自社の開発パワーを漫然と供給しているだけでは、ノウハウや技術の蓄積が進まず、優秀な人材の確保もままならないからだ。だが、景気が好転し大型開発案件の増大に伴う開発要員不足が表面化するにつれて、再び派遣ビジネスへの依存度が高まりかねない恐れが指摘されている。
先進的な大手ソフト開発ベンダーは発注先を絞り込み、派遣型から請負型へと発注形態を変えている。ソフト開発大手の住商情報システムは1990年代前半のバブル後期まで、およそ1000社あった発注先ソフト開発ベンダーの絞り込みを進め、今は500社余りへと半減させた。実力あるベンダーに発注量を増やし、能力を高めてもらうのが狙いだ。
ここにきて「人材の不足感が強まっている」(住商情報システム)というが、再び発注先を増やすことは考えていないという。
新日鉄ソリューションズは「責任をもってあるパートを完遂できる請負型の開発パートナー」を確保することが重要と話す。協力会社に発注するのは、自社のSEだけではすべてのテクノロジーをカバーできないためだ。ゼロからソフトを開発するスクラッチ型開発ではプログラマを大量に集め、自社のノウハウの範囲内で開発することもできたが、今は専門特化したパッケージソフトを複数組み合わせて開発するケースが増えている。専門的なソフトが多数流通する現在では、すべての領域をカバーしきれなくなっているのが実態だ。
特定業務に強いパッケージソフトを自社で持っているベンダーや、特定パッケージをベースとした開発に強いベンダーが重宝されることを忘れてはならない。
中堅中小のソフト開発ベンダーなど約200社からなる日本ソフトウエア産業協会(NSA)の河合輝欣会長(TDCソフトウェアエンジニアリング社長)は、「コアコンピタンスの確立とアライアンスがカギ」と、強みを持った企業同士がうまく連携することで受注を増やせると考える。
得意とする領域を丸ごと請け負えれば、人材派遣に比べて利幅を高める余地が格段に高まる。NSAでは会員企業の得意分野のパッケージソフト化を推進しており、これまでに100本余りをカタログにまとめてきた経緯がある。
しかし、実際問題として中小ソフト開発ベンダーは元請けのマンパワー不足を補うために優秀な人材を提供せざるを得ないケースが必ず出てくる。派遣はそのリスクを負わずに一定の収益を確実に得るビジネスモデルだけに、安易な方へと流れるベンダーが増えることもあり得る。
景気が好転している今こそ気を引き締め、「ある程度のリスクを負ってでも、これまで積み上げてきたコアコンピタンスを伸ばしていく努力が求められている」(河合会長)という意見に説得力がある。 安藤章司●取材/文