マイクロソフト(ダレン・ヒューストン社長)の業務用アプリケーション「Microsoft Dynamics(ダイナミクス)」の日本市場投入時期が決まった。世界市場に遅れること4年、中堅企業向けCRM(顧客情報管理)は9月、ERP(統合基幹業務システム)は来年4月に発売する。4月1日付で同製品の専任組織「MBS(Microsoft Business Solution)事業統括本部」も設立した。両製品は単体でも利用できるが、「パートナーとの協業がカギになる」として、両製品を中核にパートナーのソフトウェアやソリューションを組み合わせた製品をチャネル販売する。国産の製品やソリューションを組み込んで世界市場への拡販も視野に入れている。
「中小企業向けERPは投入せず」
新たに投入する製品群は、自社開発製品の「Dynamics CRM」と、4つのERP製品のうち、中堅企業をターゲットにした「Dynamics AX」の2製品。MBS事業統括本部の宗像淳・業務執行役員統括本部長は「両製品をプラットフォームに利用し、パートナーのソフトやソリューションを展開できるのが特徴」として、国産CRMやERPのパッケージ製品と連携して展開する。
CRMは同社オフィス用製品の「Outlook」の機能から、CRM機能が使えるほか、同社のデータベース「SQLサーバー」に搭載のBI(ビジネス・インテリジェンス)やワークフロー製品「Office Share Point Server」などの機能を引き出して利用することができる。パートナーはこれに、顧客が必要とするコンポーネントをアドオンできる。複数の異なるソースからサービスや機能を集めて組み立てる「マッシュアップ方式」を採用している。
「Dynamics AX」は、同製品群にあるERP4製品のうちの1製品。2002年に米マイクロソフトが買収したナビジョン社の製品を基に開発した。国際会計基準に準拠した財務会計や人事、製造・販売管理などの機能を備え、多言語多通貨対応だ。
他のERP3製品「NAV」「GP」「SL」は、同社と連携の絆が強い国産業務ソフトベンダーと競合する領域の製品。パートナーモデルを構成しにくいため、「日本でのビジネスを考えると、将来的にも投入する計画はない」(宗像統括本部長)と明言する。AXの連携製品を構築する同社の世界的な開発制度「インダストリ・ビルダー・イニシアチブ(IBI)」などを利用して、パートナーのアドオン製品を世界的に流通させることも検討する。
技術面について同本部の御代茂樹・MBSプロダクトマーケティング本部本部長は「AXは国産ベンダーが持つ固有の商習慣に対応した製品の有用性を生かすことができる。機能はビルディングブロックにレイヤ化され、顧客がそのつど必要な業務のパートナー製品を選択して容易に搭載できる」という。
4月1日に発足したMBS事業統括本部はすでに、既存パートナーのISVやSIer向けに技術トレーニングやスキルセットの提供、連携製品を構築するための開発キットの提供などを開始。トレーニングは3週間に及ぶ内容で、複数のパートナーが参加している。また、既存の「マイクロソフトパートナープログラム(MSPP)」のパートナー向けには、6月からマーケティング戦略やパートナー協業に関する説明会を開くほか、「Dynamics」専用のコンピテンシー制度を設ける。
マイクロソフトが、MBS事業統括本部の立ち上げと同時にDynamicsを発売しなかったのは、「リリースまでに複数の連携製品を出すため、パートナーに技術トレーニングを提供する時間が必要」(御代本部長)と判断したためである。さらに、「新製品として、既存の延長線ではない、パートナーにビジネスチャンスをもたらす仕組みを提供する」(宗像統括本部長)と、あくまで「パートナー重視」を貫き、国内独自の流通体系を築こうとしている。
日本法人のヒューストン社長は「日本では、毎年2ケタ成長(売上高ベース)を果たす」と昨年の就任で明言。その原動力になるのが「Dynamics」という。両製品は「競合が少ない」中堅企業市場向け製品とはいえ、マイクロソフトのプラットフォームを利用した製品が国内にかなり存在する。こうしたパートナーとの関係をどう“ソフトランディング”して、新たなアライアンス関係を築くかが課題となる。
[解説] 米マイクロソフトは4年前に、「MBS(Microsoft Business Solution)」製品として、CRMとERPの出荷を開始した。
今年に入り、それらを「Dynamics」ブランドに名称統一した。すでに、欧米を中心に販売が進み、CRMは毎年2倍の勢いで売り上げが伸びているという。
日本市場への投入が遅れた理由は、「既存の有力パートナーが高いシェアを占める領域であり、これと競合する形での導入はできない」(宗像淳・業務執行役員統括本部長)と判断したためである。しかし、「Dynamics CRM」と「同AX」は「4年の間にバージョンアップを重ね、パートナーモデルを指向しやすい製品になった」ことで、投入に踏み切ったと説明する。
同社のERP製品では「同AX」以外に、買収して得た中小企業向けの「同NAV」(ナビジョン社製)、「同GP」(グレートプレーンズ社製)、「同SL」(ソロモンソフトウェア社製)の3製品がある。国内でウィンドウズベースで業務ソフトを出すオービックビジネスコンサルタント(OBC)やピー・シー・エー(PCA)などは、後者3製品が投入されるのではないかと警戒していた。
しかし、「同AX」は中堅企業向け製品であり、公表していないが、年商100─500億円規模の企業を想定しているとされる。この層は競合するERPベンダーが乱立する。ウィンドウズベースでERPを構築して、販売実績のあるベンダーが多い。そこで、「プラットフォーム色」を打ち出し、AXが国産ERPと競合しないことの認知を高めていく。
国内のCRM市場は、中小企業向けにASP型で提供する米セールスフォース・ドットコムの製品やパッケージ製品がひしめく。大企業向けには、“手組み”のCRMや高価な製品が出回っている。だが、中堅企業の領域は、“ブルーオーシャン”であり、参入ベンダーが少ない。同社はそこに目をつけたといえる。
例えば、IBMのグループウェア「Notes」の乗り換えを目論むマイクロソフトの競合製品「Exchange」を担ぐベンダーには、「Dynamics CRM」が有効な武器になるという。
両製品とも、ライセンスモデルを採用するが、提供価格は未定。すでに、.NETフレームワークに熟知し、開発ツール「Visual Basic(VB)」などを使いこなすベンダーには、連携製品の開発が容易で、「パートナーの付加価値を生み出せる」(宗像統括本部長)と、自信を深めている。「Dynamics」製品群の世界的な導入実績は公表されていない。常日頃、「日本市場は世界の10%」と公言する同社だけに、導入目標数は低い数字でないことは明らかだ。