オフショア開発の中身が変わる
東芝とニューソフトに見る相互補完関係
中国でのオフショア開発の流れが拡大している。日本の大手SIerは競争力の強化を目指して積極的に中国企業への開発、生産委託を推進してきた。その結果、国内の人材不足の深刻化もあいまって、「今や中国なしにはビジネスは成り立たない」(大手SIer幹部)というほどに日中の相互関係は深まってきた。従来の単純なプログラム開発だけでなく、上流工程から一貫して中国の開発パートナーに委託するケースが増加。オフショア開発の中身も大きく変わっている。(安藤章司●取材/文)
■「模範的な成功事例」と劉総裁 1000人の開発体制が東芝支える ソフトウェアの中国オフショア開発で「模範的な成功事例になった」──。ソフト開発で中国最大手のニューソフトグループ(遼寧省瀋陽市)、劉積仁総裁は胸を張る。東芝グループと業務提携して今年で10年。当初は開発人員20人の体制で始まった東芝グループからのオフショア開発は現在1000人余りの体制にまで拡大した。
しかし、ここまで順風満帆だったわけではない。オフショア開発が本格的に拡大路線へと進み始めたのはここ3年。東芝のSI部門が独立した東芝ソリューション初代社長で現相談役の河村進介氏が、トップダウンで強力に推進したのがきっかけだった。
2003年、東芝ソリューションの海外オフショア開発の金額は競合他社のおよそ80分の1でしかなく、競争力を阻害する原因のひとつになっていた。「東芝グループ内に発注するならいざ知らず、まったく関係のない国内外注先に出して、しかも価格は先方の言いなり。これでは競争に勝てるはずがない」(河村相談役)とオフショアなしで業績拡大はあり得ないと判断した。
昨年度(06年3月期)の東芝ソリューショングループ全体からニューソフトに発注した金額は約27億円。3年前の約6倍に増えた。これは昨年度の外注費全体の約8%を占め、08年度(09年3月期)までには昨年度実績の2倍近い15%までに増やす計画を立てる。
■人件費の安さ頼りでは限界も 技術者育成に大学も設立 とはいえ、不安要因もある。中国の人件費の安さを目当てに始まったオフショア開発は、人民元の切り上げや中国国内の物価上昇などで人件費が上がると成り立たなくなる恐れがある。人件費の安さだけを頼りにしていては、いずれ限界に突き当たる。人件費が上昇したからといって、より安いベトナムなど東南アジアにオフショア先を求めていては中国に対する投資が無駄になりかねない。
こうした懸念について東芝ソリューションの梶川茂司社長は、「ニューソフトの技術力と生産性の向上で十分にカバーできる」と楽観視。ニューソフトの劉総裁は、「人件費の増大は日本の製造業も同じ経験をしてきており、中国はもっと急ピッチで進んでいる。乗り越える方法はあると」と一蹴する。
両者トップが、こう考える背景には、「プログラミングの道に進む若者が日本国内で慢性的に不足しているのに対して、中国では優秀な人材が多数揃っていることが挙げられる。ニューソフトはソフト開発における人材の重要性を見越して、自らが母体となった情報処理系の専門学校や大学を中国国内3か所に開設。合計約2万人の学生が学んでおり、このうちニューソフトへの就職を希望する学生も多い。
日本となじみが深い大連市にある東北大学ニューソフト情報学院および大連ニューソフト情報技術職業学院では情報処理に加えて日本語教育にも力を入れている。大連地区の学院では約600人の学生が日本語を学んでおり、日本企業とのより円滑な意思疎通を目指している。日本国内で不足が顕在化してきたプログラマやSEを中国の優秀な人材で補おうという戦略に基づいている。
■年商の8割は中国国内の開発 下請けから互角のパートナーに ニューソフトの強みは人材戦略などユニークなビジネスを展開できる自主独立の経営基盤にある。昨年度(05年12月期)の連結売上高28億元(日本円約400億円)のうち東芝ソリューションなど海外向けの比率は2割に過ぎず、約8割が中国国内向けのSI事業で占められている。「国内ビジネスも順調に拡大している」(ニューソフト・張秀邦副総裁)ことから、今後も海外向けの比率が極端に増えることは考えにくい。海外顧客に支配されることなく、独自の経営判断を迅速に下していくことがニューソフトの競争力を高めている。
中国ビジネスに詳しい九州大学アジア総合政策センターの国吉澄夫教授は「人材豊富な中国との補完関係をつくりあげることが重要」と、下請けとして思い通りに動かすのではなく、それぞれの役割をうまく分担していくことがポイントになると指摘する。これはニューソフトのような独立系SIerに限ったことではなく、ある程度の出資比率をもって中国に進出している日系SIerにもいえることだ。
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| なぜ中国なのか? | | 日本のSIerが中国にオフショア開発パートナーを求める理由は、まず第一に言葉、第二に近さが挙げられる。とりわけ大連など距離的に日本と近い地域では日本語を第一外国語として学ぶ比率が高く、日本人との意思疎通がしやすい。逆にインドでは遠い上に日本人の英語力が及ばずに仕事がやりにくい側面もある。東芝ソリューションの支社の中で最もニューソフトとの協業が進んでいる九州支社の大渕高位置支社長は「日本語も通じやすいし、福岡からだと国内出張と変わらない感覚で行ける」と、言葉と距離の近さが開発業務に有利に働いていると話す。 | | | |
ニューソフトとのビジネスに深く関わる東芝ソリューションの真木明・常務取締役経営企画部長は「日本人がおもしろくないと思う仕事は、中国人だっておもしろくない」と、ソフト開発において日本が上流工程を担当し、中国で下流工程を請け負うという従来の構図に限界が見えていると話す。上流・下流と分けるのではなく、業種や業務などまとまったブロックごとに振り分けていく方針を示唆する。
日本の10倍以上の人口を持つ中国において自主的にビジネスを展開できる中国企業や経営者と密接な関係を持つことは日本のIT業界にとって大きなプラスになる。今はオフショア開発の委託が中心であっても、将来、自社独自の製品やソリューションをもって中国市場へ進出するときには強力なSIパートナーになる可能性もあるからだ。こうした相互補完ネットワークを構築できるかが日本のSIベンダーの競争力を大きく左右する。
【記者の眼】・ソフト開発を国内で行うビジネス上の理由はない。
・独創性ある中国パートナーや現地法人をつくれ。
・国内と中国の相互補完関係の構築が将来を切り開く。