IT大手も参入機会うかがう
日本ベンダーにも進出の可能性膨らむ
米国の組み込みソフト市場は、日本のそれとは大きく異なる。携帯電話の高機能化と普及が一気に進んだ日本では、組み込みソフトの市場が突出して大きい。しかしこれまであまり目立たなかった米国でも組み込みソフトの需要が急激に高まってきているという。米国における組み込みソフト市場の現状をレポートする。(田中秀憲(ニューヨーク在住ジャーナリスト)●取材/文)
■現在はオフショア開発に依存 英語が話せるインドを中心に 9月半ば、米セグウェイ社は同社が生産中の電動スクーター「セグウェイ」のリコールを発表した。回収修理の対象となるのは自動制御装置をつかさどるソフトウェアで、プログラムの変更が行われるという。
組み込みソフトの代表的な市場でもある自動車分野においても、トヨタのハイブリッド車が、組み込みソフトの不具合によってリコールを行っている。産業分野や市場規模にかかわらず今後あらゆる製品の市場が世界規模になるに従い、この種の問題もより顕著に現れてくるはずだ。その結果、組み込みソフトの重要性もまた、これまで以上に高まってくることとみられる。
米国でも、組み込みソフト開発の大半が海外でのアウトソーシングといわれる。特に一般に普及している製品の多くは、それほどの高機能を必要としないために、コスト面や時間的制約からオフショアでの開発に依存している。
特定の産業用機器類などに関しては一部自社内開発のケースもあるが、これも専門のサードパーティとの提携による共同開発が多い。ほぼ完全に自社内で組み込みソフト開発を行っているのは、厳重な守秘義務と厳しい要求項目が必須となる軍需関係の開発に限られる。
発注先としては、英語での意思疎通に問題がなく、欧米との結びつきが古いインドへの依存度が高まりつつある。
インドの組み込みソフト開発企業としては、Mind Tree Consulting Pvt. Ltd.社(
http://www.mindtree.com)や、EximSoft Technologies Pvt. Ltd社(
http://www.eximsoft.com)などがあり、組み込みソフトに資源を集中している企業も少なくない。なかにはOntrack Systems Ltd社(
http://ontrackindia.com)のように、日本からの開発委託を請け負っているところもある。
米国内にも組み込みソフトの開発会社はある。Wind River Systems Inc.社(
http://www.windriver.com/)はインターネット関連機器類やPC周辺機器類、医療関連、自動車/航空宇宙産業界向けのほか、西海岸で盛んな風力発電装置用など、多様な分野での開発を手がけている。こうした成長分野に向けては、IT大手ベンダーも進出の機会をうかがっている。マイクロソフトやIBMなどもこの分野への進出を狙い、専門部署の設置などの準備を進めている。
■言語は今後Javaが主流 自動車用もLinuxベースに これまで組み込みソフトのプログラム言語系はC言語が64%でトップ。一方、欧米はC++が主流である。OSの主流はITRONだ。
この傾向は組み込みソフト開発には迅速性や安定した運用の要求、開発コストの低減などが求められるためであり、その結果、いまだにITRONに対応したプログラミング言語が用いられる傾向が強い。しかし、今後はより大規模化で高機能のソフトが求められることなどから、LINUXやJavaなど、PC系ソフト系での開発が主流となっていくとみられている。
NTTドコモのFOMA携帯電話がLinuxOSに切り替わったことでも分かるように、今後はオープンソースを採用することで、より安定した、より高機能な開発環境が求められそうだ。
組み込みソフト開発会社のMontaVista社(
http://www.mvista.com)によれば、2010年までには自動車用組み込みソフトの大半はLinuxベースになると見込まれている。
これにより、将来的にはより高度な機能を持つ組み込みソフトを各産業界に提供できる環境が整う。安定運用のために高性能化を犠牲にしてきた分野からも大きな期待が寄せられている。この傾向はよりきめ細かい対応や綿密な設計などが得意な日本の企業や技術者にとっては、追い風といえるだろう。
■日本企業にもチャンス広がる 高度な技術で現状打破へ 米国の組み込み向け64ビットMPU市場は、2003年は9120万ドルに過ぎなかったが、08年までには18億5570万ドルに達すると予想され、今後5年間で82.7%の伸びが見込まれている。これら全てに何らかの組み込みソフトが必要であることを考えると、その市場は米国の国内企業だけで処理できる規模でないことは明白だ。今後もアジアを中心とするオフショアへの依存傾向は続くとみられる。
しかし、ひとくちにオフショア開発といっても、その内容は大きく変わることになりそうだ。膨大な患者データを管理しなければならない医療用機器に代表されるように、最近の組み込みソフトはデータ管理も必須になりつつある。システムのエラーが人命に直結する医療用機器の組み込みソフト開発には、高い完成度が求められる。このような厳しい条件が要求される分野では、高度なプログラム開発能力を備えた日本企業が新たな活路を見いだしやすい分野といえる。
日本の組み込みソフトの将来性について、経済産業省は、こう分析している。
「日本が唯一輸出しているソフトウェアは組み込みソフトである。ただし、その成果は組み込まれた製品の市場での評価に左右されるため、日本の技術水準や効率性は、組み込みソフト単体では評価されにくい。また従来のような開発環境ではオフショア開発に対するコスト面での不利も否めず、何らかの現状打開が必要である」 世界の主要なIT開発拠点は、労働力が安価なアジア各地に主力が移ってしまっている。しかし、組み込みソフト開発に関してはその要求水準の高さからしても、必ずしもアジアのオフショア開発企業が有利とは限らない。携帯電話やデジタル家電で鍛えられた日本の組み込みソフト開発技術が、米国市場に受け入れられる可能性は決して低くないのだ。