通信事業者のなかに、システム案件を獲得しようとする動きが出てきた。ブロードバンド回線のユーザー企業を増やすため、SIerとの協業強化を図っているのだ。しかし、共存の関係は長く続くのだろうか。通信事業者は近い将来、構築される次世代通信網を生かしてSaaS(サービス型ソフトウェア)やASPなどでサービスの提供を狙っている。つまり、SIerと競合する可能性も十分に秘めているわけだ。
次世代通信網でSaaSの提供を視野に
KDDIは、このほどユニアデックスと業務提携し、通信ネットワークと事業所内LAN構築をワンストップで提供する「企業向けICTソリューションサービス」を開始した。40人程度の専門チームを結成し、販売は通信事業者のKDDIが中心、SIerのユニアデックスが支援するという体制。この提携で、KDDIでは「通信事業者がSI案件の選択肢に加わる新しい形態をつくる」(桑原康明・ソリューション事業統轄本部戦略企画室長)としている。
日本AT&Tでは、国内企業のユーザーを増やすため、PBXメーカーやISVをはじめとした国内ベンダーとのアライアンスの強化を図っている。これまでは、欧米などに本社を持つ外資系企業の日本法人に対するサービスの提供が中心だったが、「日本企業による海外市場への進出をネットワークでバックアップすることに力を注ぐ」(湊方彦社長)としている。新規顧客を開拓するために「大手の国内ベンダーと組むことが重要」と判断した。
BTジャパンも、「国内事業の拡大に向け、日本のユーザー企業を増やす」(イアン・プルフォード社長)ことを掲げる。昨年8月に設立したKDDIとの合弁会社「KDDI&BTグローバルソリューションズ」を核に、同社が武器とする国際通信サービスを日本市場に広める方針で「グローバルなマネジメント・サービスの提供を加速する」。ほかにも、「新しい販売代理店を獲得するため、チャンスがあればSIerとパートナーシップを深めていきたい」考え。
インターネットイニシアティブは、ネットワークの一元管理が可能なシステム「SMF」を拡充。「IIJ SMX sxサービス」とし、リモートアクセスVPN機能などを追加した。同サービスは、ユーザー企業が対応アダプタを接続するだけでネットワークシステムの設定から保守までを自動的に行えることが特徴。「販売代理店にとって手離れがよく、売りやすいソリューション」(石田潔・SEIL事業部長)をアピールすることで、販売代理店を増やしていく。
通信事業者がSIerとの連携強化を図っているのは、主力であるブロードバンド回線のユーザー企業を増やすためだ。これまでは、競合する事業者より安い料金で提供することがユーザー企業を増やすカギだった。しかし、さらにブロードバンド回線を低価格に設定すれば通信事業者にとっては利益の確保で大きな痛手となる。そこで、“ソリューションのひとつ”として回線を販売することが最適と判断。システム・サービスの提供に強いSIerとのアライアンスを強化しているわけだ。
ユーザー企業を増やすのは、次世代通信網を活用したアプリケーションサービスの提供が最大の狙いといえる。すでにネットワークとアプリケーションを組み合わせたビジネスを手がけているのは、ボーダフォン日本法人の買収で通信事業者に変貌したソフトバンクグループだ。ソフトバンクBBは、主力のひとつである流通事業の「コマース&サービス」でスマートフォンとSaaSを組み合わせて販売。金融や医療、保険会社などの業界でユーザー企業が増えているという。
“プライマリー・ベンダー”を狙う
また、BTジャパンの親会社である英BTではネットワーク側から“ソリューションプロバイダ”を標榜。ビデオ会議をはじめ、証券会社向けトレーディングなどの導入が進んでいるようだ。
通信事業者によるシステム案件の獲得が加速すれば、SIerにとっては、新たな競合となる。だが、KDDIの桑原康明・ソリューション事業統括本部戦略企画室長は、「当社はSIのノウハウを持っていないため、SIerとは共存関係を貫いていく」と強調。AT&Tの湊方彦社長も、「SIerのビジネスを奪うことはない」と否定する。とはいえ、ユーザー企業のシステム発注で選択肢に位置づけられるようにアピールしている点で、“プライマリー・ベンダー”としてシステム案件の掌握を狙っていることは間違いない。次世代通信網を武器に、受注合戦で“天下”を取ろうとしているわけだ。