川崎市は特定ベンダーに依存しないSOA(サービス指向アーキテクチャ)方式によるシステム連携基盤を開発した。電子申請システムの導入を機に、ベンダー特有の技術によって囲い込まれる〝ベンダーロック〟状態からの脱却を目指したプロジェクトである。しかし、アーキテクチャの概要設計と開発を分けて発注し、かつ詳細設計の詰めが甘いままプロジェクトが進行したため、あわや空中分解の危機に直面することとなった。(安藤章司●取材/文)
電子申請システム導入を機に 特定ベンダーからの脱却目指す
■シンクタンクに設計を依頼 川崎市は電子申請システムの導入に当たり大きな問題に直面していた。基幹系システムの多くがメインフレームなどメーカー独自の規格に基づいているため、予想以上に開発コストがかかる。現状のままではバックエンドの規格に合わせて個別に電子申請システムを開発しなければならず、複数の業務をまたぐような柔軟なシステムも構築できない。申請項目を増やしたり、変更しようものなら、さらにプログラムを書き足す手間が発生し、コストがかさむ。
もし、基幹系システムに接続せずに職員の手作業で申請を処理すれば、開庁時間内でしか対応できないケースが増え、本来の目的である市民サービスの向上は図れない。申請の自動化を目指した“電子申請”の投資対効果そのものが疑われる。
そこで考え出したのが業界標準のSOAを活用した「システム連携基盤」の開発である。アーキテクチャに関する専門知識を持ち合わせていない川崎市では、システムの基本的な設計を外部のシンクタンクに依頼。従来から課題になっていた“ベンダーロック”を排除した仕組みを要望した。連携基盤が完成すれば将来的なバックエンドのオープン化にも対応できる。特定ベンダーに依存しないシステムに切り替える第一歩と位置づけた。
概要設計を依頼したシンクタンクからSOA方式の推奨を得て、主に価格を競わせる一般競争入札を2005年夏に実施。当初は1億円近くかかるとみていたが、大手SIerのNTTデータが約7000万円で落札した。本来ならSOA方式の具体的な設計を行い、それから開発に入るのが筋であったが、予算の制限もあって“走りながら考える”しかなかった。
■問題が一気に吹き出す
ところが、いざ詳細設計に入ると問題が一気に吹き出した。一応の仕様書はあったものの、「NTTデータが求める詳細な要件まで定義できていなかった」(川崎市の栗原宏光・情報管理部システム管理課課長補佐)ことがつまずきの発端だった。
“NTTデータはプロ集団なのだから、発注側の意図を汲んでほしい”という川崎市の気持ちは理解できなくもない。だが、NTTデータからみれば、価格が先に決まり、そこから仕様の詳細を決めていくのでは、調達時の仕様書から読み取れる範囲で出した見積もりすら怪しくなりかねない危険な状況である。
最も長引いたのはSOAの中核である“コンポーネント”の粒度設計だった。どの程度の機能を持たせたコンポーネントを、どれくらいつくるかで両者の意見が分かれた。

NTTデータは川崎市から業務要件のヒアリングを進めたが、すべての要件を満たすコンポーネントを実現しようとすると、「1つあたりのコンポーネントが肥大化してしまう」(NTTデータの中島みどり・e-コミュニティ推進事業部SIグループ部長)ことが判明した。これでは個々の電子申請に合わせて個別のコンポーネントを開発するようなもので、汎用的なコンポーネントを複数組み合わせて、柔軟な連携基盤をつくるというSOAの考え方に反する。
しかし、逆に細かくなりすぎると作用する範囲が狭まり、構造が極端に複雑になる恐れが出てくる。「コンポーネントの粒度は一長一短」(川崎市の高橋明善・情報管理部システム企画課主査)であり、そう簡単には決まらなかった。
■長引く設計、納期迫る!
設計仕様が決められないまま、時間ばかりが過ぎる。この状態では、年度内の完成は到底不可能だ。NTTデータはコンポーネントの粒度の仕様が固まらないうちに、システム連携基盤の基礎的な部分の開発を先行させる苦肉の策に打って出る。「先行開発なくして納期は守れない状況」(中島部長)だったからだ。
“粒度議論”は05年10月頃から翌年初めまで続き、最終的には汎用的なコンポーネントと業務個別のコンポーネントを分ける方式に落ち着いた。ホストコンピュータと接続するデータアクセス機能やセキュリティ、画面制御などコンポーネントの動作を決める部分は、別途、コンポーネントの外から定義する“外部定義体”で制御することにした。
自治体業務に最低限必要なコンポーネントをなくすわけにはいかず、かといってすべてのコンポーネントが個別の業務に特化していては拡張性に欠ける。両方のいいところを残しつつ、どう動作させるかは別にXMLで書きだして定義するという方法だ。コンポーネント内部のプログラムを書き換える必要はなく、また、電子申請や基幹業務の種類が増えても、業務個別のコンポーネントを付け足すだけで対応できるメリットがある。
05年度末までに何とかSOA方式によるシステム連携基盤を完成させた川崎市は、06年度、メインフレームなど既存の業務システムとのつなぎ込みをNTTデータに約6000万円で継続発注する。ただし、接続先のメーカーからの協力が十分だったとは言い難く、「ホストにSEを張りつかせて吐き出されるデータを分析した」(中島部長)と根気の要る作業を強いられる。

“開発をしながら詳細設計を行う”という本来避けるべき要素はあったものの、07年初めにシステム連携基盤は無事に完成した。
NTTデータは川崎市の了承を得たうえで、今回のSOA連携のノウハウを反映したシステムを商品化。「グランピアット」と名づけて今年3月から外販を始めた。知的財産権は川崎市に属するため、ライセンス販売の一部は市に還元される仕組みだ。2年越しのプロジェクトの成果を、他の自治体や民間企業にも展開する方針だ。
【事例のポイント】●特定ベンダーに依存しない分、ユーザーやSIerの責任は重くなる
●価格が先に決まり、後から詳細仕様を固めるパターンは要注意
●汎用的でオープンなSOA方式は、ビジネスの横展開を可能にする