分かりやすい設計書づくり目指す
現場のSIerが一致団結
大手SIerが自発的に策定したシステム設計ガイドラインの一部が完成した。発注者であるユーザー企業に分かりやすい設計書づくりを目指したもので、NTTデータや富士通など大手SIerからなる「実践的アプローチに基づく要求仕様の発注者ビュー検討会」が策定した。今年度(2008年3月期)末までに設計ガイドライン全体の完成を目指す。現場のSIerが一致団結した今回の取り組みは、一定の成果を残すことになるが、今後は収益面で構造的な問題を抱えるソフト開発産業の改革にどれだけ役立てられるかが課題となりそうだ。(安藤章司●取材/文)
■大きな一歩を踏み出す 発注者ビュー検討会はNTTデータや富士通など大手SIer6社が発起人となり、昨年4月に発足した。約1年半を費やして完成させたのが「発注者ビューガイドライン」のユーザーインターフェース部分の策定方法を示す「画面編」である。今年度末までにサーバー・アプリケーション構造を示す「システム振る舞い編」とデータベース構造を示す「データモデル編」を完成させる予定だ。
こうしたガイドラインづくりは、通常、業界団体の情報サービス産業協会(JISA)が母体となったり、経済産業省や情報処理推進機構(IPA)が調整役を担って推進するケースが多い。ところが今回は激しい受注競争を繰り広げる現場のSIer同士が直接手を組んだ珍しいケースだ。然るべき団体や調整役もいないままの「呉越同舟」だが、「大きな一歩を踏み出せた」(NTTデータの山田伸一・常務執行役員)と、自負する。
競合同士であっても、頻発する赤字プロジェクトを減らし、収益力を高めることは共通の目標となる。赤字化の最大の原因とされるシステム設計部分に焦点を絞り、かつ外部設計のみに限定することで速やかな問題解決を狙った。「業界団体や役所の支援を待っていたのでは、解決がどんどん先送りになる」(検討会幹部)として、大手SIerが主導する形で完成を急ぐ。
■“最後の砦”を死守せよ 情報システムの設計は、大きく分けて「外部設計」と「内部設計」に分かれる。前者は設計書の概要をユーザー企業に示すためにつくるもので、後者は開発者向けの詳細な設計書を指す。内部設計は専門的な記述であり、SIer内部のみで使われるもである。一方で、外部設計はユーザー企業と情報システムの内訳を確認するのに使うことから、誰が見ても分かりやすい記述が求められる。
開発に着手する前、外部設計をユーザーに見せて最終確認をとる。だが、難解な専門用語の羅列でユーザーが十分理解できず、SIerもユーザーの意図を飲み込めないまま開発に入るケースが後を絶たない。ユーザーが求めていたものと違うものが出来上がり、作り直しが発生。多大な改修コストは立場の弱いSIerが被る。典型的な赤字プロジェクトの構図である。
計画立案→要件定義→システム設計→開発→テストという一連の構築工程のなかで、外部設計はユーザーが開発前にシステム内容を最終的に確認する“最後の砦”である。ここをもっと分かりやすくしなければならないという点では認識の一致を見たものの、実作業では各社の知的財産処理の手続きなどで手間取り、当初1年半で終わらせる計画が、完成まで2年かかる見通しとなった。
今年8月には日本ユニシス、沖電気工業、TISの大手3社が新たに加わり、辛うじて陣容の拡充を図れたが、検討会立ち上げ当初からの懸案であったユーザー企業団体・日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)との連携ははっきりとしないままである。
■“超上流”指向が相次ぐ  |
| 発注者ビュー検討会 | | NTTデータ、富士通、NEC、日立製作所、構造計画研究所、東芝ソリューションの6社が2006年4月に設立。今年8月、日本ユニシス、沖電気工業、TISが加わり計9社に増えた。 | | | |
外部設計だけの改善では十分でない。さらに上流に位置する要件定義やシステム化の計画立案そのものまで踏み込まなければ、「本当の意味での解決にはならない」(幹部)ことも明らかになった。運用やセキュリティといった非機能要件なども要件定義の段階から見直す必要があろう。
上流工程のさらに上流を目指す“超上流”の取り組みは、経産省やIPA、JUASなどでも盛んに行われている。
経産省は目指すべき契約のあり方をまとめた「情報システム・モデル取引・契約書」を今年4月に公表。IPAのソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)もソフトウェアライフサイクルプロセス(SLCP)規格の「共通フレーム」を刷新する。従来の共通フレームは開発プロセスに重点が置かれていたが、「最新版では上流プロセスを重視したものになる」(東芝ソリューションの恩地和明取締役)という。
また、JUASでは今年7月に「要求仕様定義ガイドライン」を公表し、要求仕様に踏み込んだ研究を実施。ユーザー企業のスキルアップに役立てる構えだ。
関係官庁・団体、SIerがこぞって上流工程を改善する行動を起こしており、今後、誰がどのような形で全体的な整合性を保つかが問われている。検討会の活動は今年度末で終了し、来年度以降はIPA・SECに成果を引き継ぐことを視野に入れる。
情報システムの応用が高度化するなか、SIerは単なる“開発屋”では通用しないのは明らかだ。ユーザー企業が思い描くことを明文化し、要件定義→システム設計へとリードしていく超上流の技術が欠かせない。このフェーズで自社の付加価値をふんだんに盛り込み、要件の誤認からくる設計ミスをなくせば収益力は確実に高まる。現場のSIerがボトムアップでつくりあげた今回のガイドラインを活用し、さらに他の指針やフレームワークとすり合わせ、完成度を高めていくことが求められる。