事務用品メーカーのエッサム(八鍬昭社長)は、会計事務所向け業務パッケージソフトを全面的に刷新した。マイクロソフトの最新アーキテクチャ「・NETフレームワーク」を採用。SaaSなど将来のソフトウェアのオンデマンドサービス化を見越してゼロからつくり直した。従来はVB(ビジュアルベーシック)やコボルなどの古いタイプのプログラム言語を使って開発してきた。だが、・NETに不慣れなこともあり、プロジェクトは最初から行き詰まる。納期が迫り、開発パートナーで大手SIerのシーイーシーと徹夜の作業を続けた。
将来のオンデマンド化視野に
開発パートナーと徹夜の作業続く
■赤字プロジェクトの兆候
エッサムは会計事務所向けの帳票やゴム印、事務用デスク、椅子まで幅広く揃え、コンピュータ化にも早くから取り組んできた。1970年代には計算センターを開設し、80年代にはオフコンの品揃えを充実させた。
90年代にはパソコンベースの業務ソフト開発に踏み切る。だが、オンデマンド化が予想されるなかで、さすがに「クライアント型の古い開発環境では通用しなくなる」(エッサムの伊藤彰・専務取締役)と判断。05年初めに.NETアーキテクチャをベースとしたシステムへの刷新プロジェクトをスタートさせた。
シーイーシーは、いまや旧式となったVBやコボル言語で開発したパッケージソフト資産を持つ企業を対象とした“.NETマイクグレーション”ビジネスの拡大に力を入れており、実績も豊富。オフショア開発の体制も構築済みで、コスト削減効果も期待できる。こうした取り組みを評価したエッサムはシーイーシーへの開発工程の委託を決めた。
開発する税務システムの需要期は、個人事業主向けが2月、一般法人向けは6月、年末調整が年末と決まっているため、まずは個人事業主向けの申告システムの企画立案に着手した。会計事務所の業務ノウハウに精通するエッサムが要件定義と概要設計、シーイーシーがその下流工程である詳細設計とプログラム開発をそれぞれ受け持った。
シーイーシーからみれば、需要期に合わせた納期とおおよその予算が決まっているという、比較的リスキーな開発案件。依頼主は業務ノウハウには精通していても、今回の刷新の目玉である.NETアーキテクチャには明るくない。「赤字プロジェクトになりやすい兆候がうかがえる案件」(シーイーシーの岡崎禎・.NETソリューション部次長)であった。
■連携プレーできず缶詰めに 不安は的中した。05年の年末に近くなっても概要設計が仕上がらない。需要期に合わせた製品投入のタイミングから逆算すると、最初の個人申告システムは翌年1月中に開発を終える必要がある。“概要設計まではエッサムの責任範囲だ”などと悠長に構えてはいられない切迫した状況だった。「このままでは納期が守れない」(シーイーシーのSEの樋口昌広・主査)。部下の精鋭SEを引き連れて要件定義・概要設計など上流工程の支援に乗り出した。
この開発ではエッサムからオフショア開発によるコスト削減が求められている。シーイーシーでは中国上海でオフショア開発を行い、大分県の開発拠点の人員も動員するスケジュールを組んでいた。東京本社と上海、大分の連携プレーがプロジェクトを成功させる重要なポイントである。ただ、いかんせん距離が離れているため、詳細なドキュメントを揃え、情報を的確に伝えていかなければならない。こうした連携プレーには時間がかかり、少なくとも納期が迫る個人申告システムの完成は間に合わない。

苦肉の策として講じたのが、エッサム本社に主要メンバーをすべて集め、顔を突きあわせながら開発作業を行う“荒業”である。
シーイーシーのバックアップもあり、05年末までには詳細設計まで詰めた。年明けからいよいよ開発に入る。約100人を収容できる東京・神田のエッサム本社会議室にシーイーシーの本社、大分、上海、エッサムの本社ならびに開発拠点のある山形県新庄からSEが集められた。総勢80人ほどで、おおよそ半分ずつの構成だ。
開発は24時間体制、昼夜2交代、土日も作業を続けた。夜を徹して大分・中国部隊が開発作業を行い、朝からエッサムとシーイーシー本社のSEが動作テスト、品質検証を夜まで続けた。06年年明けから1か月間は「まるで不夜城だった。早朝深夜を問わず、会議室の窓から、こうこうと明かりが漏れていた」(エッサムの伊藤専務)と振り返る。
■同じ釜の飯で結束強まる 常に現場にいたシーイーシーの樋口主査にとってつらかったことがある。システム本部長として同じく現場に詰めていたエッサムの金川孝・常務取締役が、「どうしたら難局を乗り切れるのか。改善すべきところはどこなのか」と、真剣に問いかけてきた。“解決策をいっしょになって考えよう”という姿勢が貫かれたことで、「必死に打開策を考なきゃならない」(樋口主査)立場に置かれた。極限状態に追いやられた状況では、“この役立たず!”と叱られたほうが気分的には楽だった。だが、これでは思考が停止した状態になってしまい、プロジェクトは成功しなかったであろう。
1か月の苦闘の末、.NETアーキテクチャの新製品第一号は完成した。“同じ釜の飯を食った”ことで、東京、大分、上海、新庄のメンバーは、あうんの呼吸で仕事がこなせる結束力が生まれた。その後の法人申告、年末調整システムは、距離が離れていても予想を越えるほどスムーズに開発が進む。個人申告システムだけでみれば赤字プロジェクトだったが、トータルでは「開発効率の向上で適正粗利益を獲得できた」(シーイーシーの岡崎次長)と、からくも採算ベースに乗せた。
エッサムの伊藤専務は、「シーイーシーと組まなければ製品の完成は見なかったかもしれない」と、粘り強さを高く評価。第一弾の税務関連システムのプロジェクトが成功したことを受けて、今は財務会計システムを共同で開発している。来年6月をめどに完成させる予定だ。
【事例のポイント】
●要件定義が定まらないとき、SIerは積極関与か撤退かを峻別せよ
●積極関与を決めたら徹底支援。二人三脚で成功するまで突き進め
●雨降って地固まる。泥沼化しても最後は人と人の結束力が生きる