人口約22万人、世帯数約11万戸と人口流入が進む横浜市神奈川区。春の繁忙期、同区役所「戸籍課」には転入届を提出する住民が列を成す。転入には住所移転や年金など、複数の手続きが必要で、平均すると約1時間を要するという。そこで、同課は昨年12月、独自の職員チームを結成するとともにITコーディネータ(ITC)の支援を受け、窓口待ち時間を「20分間」短縮するという全国に例のない新システムを実現した。ハードウェアとソフトウェアを含めて約1200万円という低価格システムで、全国の役場への「横展開」が期待される。(谷畑良胤●取材/文)
独自開発の低コストで実現 他の役場にも「横展開」が可能
■“勘”頼りでは限界が
新システムは、区のマスコット「亀」にちなんで「かめさぽ」と名づけられている。別館1階の「登録係」や本館2階の「年金係」「保険係」などにWindowsパソコンと発券端末を組み合わせ独自仕様にした端末、番号表示ディスプレイなどを配置、本館5階のサーバーでつないだクライアント/サーバー(C/S)型のシステムだ。特徴は、戸籍登録や年金、保険など、国の各省庁に応じて別々の規定作業を行う複数の窓口間の連携を取り、待ち時間を大幅に短縮した点である。
以前の窓口には、銀行などと同じように番号ディスプレイに付随した呼び出しシステムがあった。しかし、同サービスの構築に携わった戸籍課登録係の飯田智氏は「従前のシステムでは、1つの窓口で、これ以上時間短縮するのに限界が生じていた。職員の勘や電話連絡などの連携で努力してはきたが…」と述懐する。新システムは、「それぞれの設定を変更することで、制度改正や窓口の統廃合などに柔軟に対応でき、他の役場でも利用できる」と、運用開始からわずか3か月間で効率アップに手ごたえを感じている。
新システムでは、最初に住民が訪れる戸籍課で、他に手続きが必要な窓口分も一括登録し、「手続きご案内書」という案内用紙を渡す。今までは、戸籍課で手続きしたあと、次の窓口で再び順番表を取り、最後尾から並び直す必要があった。しかし、新サービスでは、前の窓口で手続きが終わり次第、次の窓口ですぐに順番が回ってくる仕組みを整えた。住民は、「手続きご案内書」に記された待ち人数などを勘案して、「いったん自宅に帰ってもらい、その時刻になれば再度来庁していただくこともアドバイスできる」(飯田氏)というように、無駄な待ち時間を大幅に省くことができる。
例えば、転勤などで区内に住居を構える新住民は、まず戸籍課に出向いて転入届を提出し、場合によっては国民年金や国民健康保険の窓口にも回ることになり、全体で1時間を要していた。これが20分間短縮できたという。各窓口のフロントシステムをつなぐことで、「役場の顔」ともなる部分の住民サービスを大幅に改善できた。
■別フロアの不便を解消
神奈川区は、横浜市内18区あるうちの1つ。同区役所が「住民登録の効率化」を掲げ、2006年10月頃に職員9人でチームを結成したのには理由があった。横浜市内の他の区役所では、住民登録の窓口が1フロアにまとまっているのに対し、神奈川区役所は、別館の新設などに伴ってフロアが分散しているためだ。フロアが1か所であれば、各窓口の混雑具合を目で確認して、ある程度は手続きの順番を指示できるが、分散しているためそれができない。混雑緩和の手段としてITが不可欠だった。
06年11月頃からは、職員チームに「ITC横浜」の中核メンバーであるITCの齋藤順一氏(未来計画代表)が加わり、07年度の区予算を確保するために、住民登録の現状把握からIT化するための「要件定義」作成、区長へのプレゼンなどを経て、一般競争入札を実施。最終的には、同区内のSIerである日本ソフトウェアマネジメントが落札した。齋藤氏は「窓口ごとに発券機や端末がスタンドアロンで動いていたのがネックだった。そのため、中央にサーバーを配置し、C/S型のシステムにした。ソフトはWindowsの『.NETフレームワーク』で『フルスクラッチ』開発をした。発券機の端末は、汎用的なパソコンにプリンタを付けて独自筐体にまとめたもので、低価格に収まった」という。07年8月のキックオフから同年12月に本番稼働。実質5か月間という短期間での開発だった。
■データ蓄積でさらに効率化
現在のシステムは、4つの窓口で稼働しているが、「今夏にはさらに3つの窓口が追加される予定」(飯田氏)と、窓口業務がさらに効率化される見通しだ。大安、月曜日、4月というのは、住民登録の「繁忙期」。今回の新システムでは、住民登録者の動線などを記録し、「繁忙期」などに窓口担当とバックヤード担当を効率よく振り分ける仕組みにも役立てる考えだ。これまで経験則でしか「繁忙期」を捉えられなかったが、正確なデータが蓄積されることで、効率化がさらに進みそうだ。
新システムを開発した日本ソフトウェアマネジメントでは、神奈川区のシステムを今後、横浜市を中心に「横展開」していくこともできそうだ。最近では、住民サービスを民営化する動きが活発化している。だが、最も多く住民が接する部分であり、役場の顔を見せる場でもある窓口業務を民営化するよりも、個人情報保護の観点などから、窓口業務を効率化してサービスを向上させたほうが得策だといえる。