標準化への動き活発化
上流工程のノウハウを公開
ソフトウェア開発における上流工程の標準化が急ピッチで進んでいる。主要メーカー・SIer9社が自主的に策定を進めてきた設計手法の標準ガイドライン「発注者ビューガイドライン」が完成。4月から情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)に活動の場を移して普及促進に努める。開発工程の上流部分の整備は大手SIerがいち早く着手した領域だが、ここへきて中堅・中小のSIerでも受注形態や設計手法の見直しが相次ぐ。標準化によって上流工程のノウハウはオープンになりつつあり、積極的に吸収したSIerが競争力をより高めることになりそうだ。(安藤章司●取材/文)
■実体験をもとに検討重ねる NTTデータや富士通など主要メーカー・SIer9社は、およそ2年を費やして「発注者ビューガイドライン」の初期バージョンを完成させた。競合同士が寄り合って、顧客企業に分かりやすい設計書とは何かを検討。用語や概念をすり合わせ、分かりやすい設計書の書き方のコツやノウハウをまとめたものである。顧客とのボタンの掛け違いを防ぎ、赤字プロジェクトを根絶させるのが狙いだ。
呉越同舟で足並みがなかなか揃わない苦労はあったものの、期限ぎりぎりの今年3月18日、完成を発表。「設計書の書き方や顧客企業からの合意の取り方などを分かりやすくまとめることができた」(NTTデータの山田伸一・常務執行役員技術開発本部長)と自賛する。
ソフトウェア開発では、設計段階の不具合が莫大な損失につながる危険性がある。発注者ビューの策定に参加した各社は、実際に赤字プロジェクトで苦しんだ経験がある。実現すべきシステム像の認識のズレに気づかないままプログラム開発のフェーズに入ってしまい、顧客企業からの指摘で泣く泣く作り直す苦い経験をお互い持ち寄った。実体験に基づくだけあり、説得力のある内容に仕上がっている。
今年度末で主要メーカー・SIerからなる発注者ビュー検討会は終了し、4月からはSECに活動の場を移す。SECではソフトウェア・ライフサイクル・プロセス(SLCP)を支える共通フレームの中に発注者ビューガイドラインを取り込み、上流工程の整備に役立てていく方針だ。向こう3年間のうちに実際のソフト開発プロジェクトで検証を実施。新たに浮き彫りになった問題点を修正したのち、2010年度には「改訂IPA版発注者ビューガイドライン(仮称)」の公開を目指す。
実証実験を経た後、「国際標準化の働きかけもしたい」(SECの鶴保征城所長)と日本発のグローバルスタンダード化に意欲を示す。
■元請け志向のSIerに朗報  |
| 発注者ビューガイドライン | | 画面編、システム振舞い編、データモデル編の3編から構成される。顧客企業とSIerとの間で誤った理解を防ぐ、あるいは認識のずれを見つけ出すノウハウやコツを集積したものである。 | | | |
上流工程の一部分とはいえ、概要設計のノウハウが公開された意義は大きい。各社各様の非効率な投資、業務対応を解消し、顧客企業との意思疎通を円滑にするノウハウは、上流工程を支える共通フレームの重要な要素として機能する。
情報サービス産業は、少数の元請けと大多数の下請け、人材派遣で成り立つピラミッド型をなす。多層化するほど、コスト構造が顧客企業から見えにくくなり、コントロールも難しくなる。結果として作業量に見合わない不透明な費用の支払いや、意図したシステムと違うものに仕上がる可能性が高まることになる。不満を抱えた顧客企業がITベンダーを相手取って訴訟を起こすケースも相次いでおり、リスクを負えない中堅・中小のSIerが元請けになれない悪循環に陥る図式も浮かび上がる。
中堅SIerの首都圏コンピュータ技術者(横尾良明会長)は、ジョイントベンチャー(JV)方式で元請けプロジェクトの拡大を進める。1社ではカバーできない大型案件でも、「JVを組めば対応できる」(横尾会長)。これまでは元請けの大手SIerとの関係を重視する余り、中堅・中小SIer同士のJVは一般的ではなかった。上流工程の標準化・オープン化はこうした工程に不慣れな中堅・中小のSIerにとっても朗報だろう。階層構造から脱却し、元請けになろうとする動きを後押しすることにつながる。
当然ながら、発注者ビューはJVなどを前提としたものではない。大手SIerは自らの上流工程を重視する。下流工程に位置する中小SIerのことまで同様に重視しているとは言い難い。そればかりか、基本設計をしっかり固め、海外でのオフショア開発を利用しやすくすることも視野に入れる。活動の場がSECに移ってからも、積極的に行動を起こさない限り、棚ぼた式で国内の中小SIerにメリットが落ちてくることはないだろう。
上流工程の標準化は、中堅・中小SIerにとっても大きな転機になるのは間違いない。下請け構造や派遣への過度の依存からの脱却を図るチャンスでもある。ビジネスにうまく生かせるかどうかが試されている。