その他
<SaaS特集>SaaSビジネス“実用圏”に突入
2008/04/21 14:53
週刊BCN 2008年04月21日vol.1232掲載
国内のSaaS(Software as a Service)ビジネスが実用段階に向かい始めた。実際にユーザー企業への急速な普及には、まだ時間を要しそうだが、SaaSを利用したサービス提供用のプラットフォーム(基盤)の準備が大手メーカーや通信事業者などの手により着々と進む。富士通やNECなどの大手メーカーはインフラとなるSaaS基盤を貸し出して、広範にアプリケーションを募る“場所貸し”ビジネスを指向。通信事業者は、大手メーカーからSaaS基盤の提供を受けるなどで、携帯電話などと連動した自社通信網の付加価値サービスの幅を広げようとする向きがある。役割分担が見え始めた最近のSaaS動向をレポートする。
SaaSアプリケーション/サービスを提供するインフラとなるSaaS基盤の方針を先陣を切って打ち出したのは富士通だ。その同社が2月に第一弾として公表したのは、パートナーとの「共創モデル」だ。具体的には、データセンターを利用して、中堅・中小企業(SMB)に強みをもつISV(独立系ソフトベンダー)に“場所貸し”をするほか、SaaSアプリケーションを開発する技術や検証などの支援を行う。この基盤に乗せるISVのアプリケーション数を順次増やすなかで、SaaS市場の成熟度合いに応じて「動きながら」(横山耕三・SMEアウトソーシング推進部部長)、ユーザー企業やISV向けなどにサービスメニューを拡充していく。
NECは3月下旬、SaaSを中心とした「サービスプラットフォーム提供事業」と称する新事業の開始を打ち出した。同社は2つの領域でSaaSビジネスを推進する。すでに提供しているeラーニングやシフト勤務管理、金融業など業種向けソフトなどをSaaS化して提供する「アプリケーションサービス」と、開発・運用までのサービス・ライフサイクルを支援する「プラットフォームマネージドサービス」で推進する計画だ。
富士通とNECの戦略は当面、自社のデータセンターなどインフラを生かした“場所貸し”でストックの収益を得るという同様の路線を進む方向にある。そのうえで、SaaSを普及/拡大するためのISV支援策などを明確化している。また、現状では系列パートナーなどを通じた販売展開まで踏み込んだ内容を具体的に打ち出していない点でも共通している。
サーバーやミドルウェア、システムインテグレーション(SI)、データセンターなどのインフラをもつ富士通、NECに加え、日本IBMもSaaS事業を始めると予測される。米IBMは1月下旬、SaaS基盤ともなる「Bluehouse」のコードネームをもつWeb配信型サービスを発表した。
同社はいまのところ、富士通とNECのようにサービスメニューを明らかにしていないが、「SMBが必要なアプリケーションを好きな時に必要な期間使えるサービス」(マイク・ローディン・ゼネラルマネージャー)を目指し、まずはSMBに向けて事業化する。日本法人の日本IBMは、現段階でSaaS事業を日本市場で展開することを明言していないが、アジア・パシフィックから米本社直結のレポートラインに変更されたことなどからも、年内には方向性が示されるとの見方が有力だ。このほか、富士通、NEC、日本IBMと同様のインフラを保有する日立製作所の動向が注目される。
大手SIerは業種特化型へ
一方、NTTデータなど、データセンターを保有する大手SIerにもSaaSを事業化する動きがみえ始めた。大手SIerの多くはすでに、セールスフォース・ドットコムのSaaSサービスを大手企業に提供を開始している。今後は自社のデータセンターなどのインフラや通信事業者、大手メーカーなどと連携して広範にSaaSサービスを提供するとみられる。
大手SIerの動きは、NECが「業種に特化したパッケージソフトのSaaS化を実施する」と公表資料に記していることと同じ方向性といえそうだ。例えば、官庁・自治体向けに強みをもつNTTデータは、1か所の自治体で開発したソフトを他の自治体などへ「横展開」する際にSaaSサービスを使うことが可能だろうし、ネットワーク運用・構築のユニアデックスを子会社にもつ日本ユニシスなども、マイクロソフトベースで開発した銀行システムをシステム開発とネットワーク構築を組み合わせSaaS展開できるはず。
富士通など大手メーカーの形態は、SaaSの「インフラ提供型」で、NTTデータなど大手SIerの形態が業種特化の「マーケットプレイス型」といえる。また、大手メーカーのSaaS基盤は、NTT、KDDI、ソフトバンクBBの通信事業者とも関連性が深まってきそうだ。通信事業者は、高速・大容量化が進む回線を利用して、企業ユーザーを増やす手立てとしてSaaSを利用しようと模索している。
SIノウハウが乏しい通信事業者にとって、企業へのシステム提供に実績のあるSIerやマイクロソフトなど、企業向けSaaSをサービス化をするうえで必要なミドルウェアをもつベンダーとのアライアンスは不可欠。今後、富士通やNECなどが提供するSaaS基盤を通信事業者が提供を受け、企業向けにSaaSサービスを展開することは十分あり得るし、双方にとってメリットが大きいといえる。
通信事業者はFMCと連動
通信事業者によるSaaS事業への着手は、回線サービスの付加価値化にほかならない。というのも、固定電話サービスは頭打ちであり、IP(インターネット・プロトコル)環境でのアプリケーション提供の拡大が必須だからだ。
収入源として固定電話加入者を確保しておきたいのはFMC(携帯と固定の融合サービス)の実現も視野に入れているためでもある。FMCが主流になれば、1つのナンバーで固定と携帯の両方にアプリケーションを提供できるようになり、携帯電話の加入者を増やすことにもつながるからである。
このほか、SaaSを利用するうえでのセキュリティ機能はマカフィーなど外資系ベンダーが先陣を切り、セキュリティ業界全体でサービス提供が加速し、日本SGIのようにVPNなど通信インフラをSaaS提供する動きなども進展している。セキュリティや通信インフラといったSaaSサービスを提供するバックボーンが段階的に整備される一方、富士通やNEC、通信事業者などのSaaSベンダー基盤が進展することで、ユーザー企業にSaaSアプリケーションが普及するフェーズに向かいそうだ。
現在、ISVはどこのSaaS基盤を使って自社のアプリケーションを企業へ配信するかを模索している。いまのところ、経済産業省のSaaS基盤を含め「どのSaaS基盤にも乗せて動向を見極めたい」という動きが大勢を占める。SMB市場を主軸に据えるISVは、自社製品のほとんどを販売パートナーに委ねる間接販売が主体。このため、既存の販売パートナーへの影響をモニタリングするなかで、SaaS事業を本格化するとみられている。
3大通信事業者、SaaSに着手
サービス拡充でベンダー提携盛んに
通信事業者は、SaaSを回線サービスの付加価値と位置づけている傾向が強い。このため、この業界ではSaaS関連の各種サービスの提供開始が相次ぐ。
KDDIはこのほど、マイクロソフトの「Outlook」を携帯電話で使えるサービスとしてSaaS事業に本格着手した。昨年末には、アプリケーションベンダー向けのアライアンスプログラムを発表。6社のベンダーと協業を決めた。桑原康明・ソリューション事業統轄本部戦略企画部長は、「さまざまなベンダーとのパートナーシップを組むことがユーザー企業にとって好結果につながり、当社のビジネス拡大にも結びつく。アプリケーションサービスのラインアップを増やしたい」と、SaaS事業の拡大を目指す。
ソフトバンクBBは、すでに米SaaSベンダーのセールスフォース・ドットコムと業務提携しており、グループ会社のソフトバンクモバイルが提供する端末とスマートフォンとの連動を進めるなどで、SaaS事業の領域拡大を図っている。中山五輪男・コマース&サービス統括SaaS事業推進部シニアコンサルティングマネージャは、「ディストリビューション事業ではISVやSIerとのパートナーシップは深まっていると自負している。今後は、通信キャリアとしての部分でも協業が図れるような体制を整える」と構想を語る。
同社はSaaS事業の拡大策の一環として現在、セルースフォース以外のベンダー製品の取り扱いを検討している。ほかにも、「将来的にはソフトバンクグループ自体がデータセンターを使ってSaaS事業に着手することも検討している」と、自社事業の強みを生かした展開を模索する。SaaSプラットフォームベンダーの流通卸と通信事業者の立場からSaaSを提供という両輪を生かすなど、グループ全体の相乗効果で主導権を握ることを狙う。
NTTドコモは「SaaSは検討事項としてあがっている。現在、提供するアプリケーションを模索している段階」(有田浩之・法人営業本部法人ビジネス戦略部技術戦略担当課長)という。
携帯電話事業を手がける主要な通信事業者は、SaaS展開を視野に入れていると思われる。各事業者が主眼をおいているのは、ISVや自社アプリケーションを開発するSIerなどとのパートナーシップを深めていくことだろう。
ネットスイート
アプリベンダーとの連携を強化
BOSを前面に打ち出す
SaaSベンダーのネットスイート(松島努社長)は、ソフト開発ベンダーとの連携を強化する。SaaS基盤やERP(統合基幹業務システム)などをセットにした「ビジネスオペレーティングシステム(BOS)」を前面に打ち出す。BOS対応の業務アプリケーションを増やすことでビジネスを拡大させる。基幹システムから業種・業務向けのパッケージソフトやカスタマイズに至るまで、自らのプラットフォーム上で統合的に供給。顧客企業の細かな要望に応えていくことで支持を集めるのが狙いだ。
BOSはSaaS基盤を提供するだけでなく、企業が最低限必要とするERPやEC(電子商取引)、CRM(顧客情報管理システム)などをセットにしたネットスイート版の“OS”である。しかし、これだけでは個別の業務・業種へ完全に対応するのは難しい。そこでSIerやISVが開発する業務アプリケーションを自らの“OS”上へ呼び込むことで完成度を高める。必要に応じてカスタマイズも可能にする。
例えば、ネットスイートの標準機能で業務の8割をカバーできたとしても、残り2割は個別の業種・業務に対応したアプリケーションやカスタマイズが別途必要になる。「この“2割”が、ユーザーにとって極めて重要だ」(高沢冬樹・上席執行役員マーケティング・営業推進本部長)と、アプリケーションベンダーとの連携の重要性を説く。
SIerやISVにとってみれば、ネットスイートのBOSに自らの業務アプリケーションを移植させる手間がかかる。しかし、その一方でゼロからSaaS基盤を構築しなくても済むメリットもある。一度移植すれば、ネットスイートの同業種、業務のユーザーへの横展開も容易だ。
SaaSで先行するセールスフォース・ドットコムは主にCRMを切り口に、大手企業から中堅中小に至るまで幅広いユーザー層を獲得している。これに対してネットスイートは中堅中小企業をメインターゲットとし、自社のBOSとパートナーが開発した業種・業務アプリケーションを垂直統合。ワンストップで供給する体制づくりを急ぐ。
課題は販売網の整備が遅れていること。全国に販売網を張り巡らせる大手SIerとの連携を急ピッチで進める。
「大手SIerの多くはSaaSへの取り組みを重点課題にあげており、今まさに詰めの話合いをしている」と、中小企業向けの販売網の確立に力を入れる。ある程度の販売本数が見込めないと、業務アプリケーションの移植も進まないことも考えられる。販売網と業務アプリケーションの種類を増やすことの両立が求められそうだ。
ネットスイートはグローバルで約6000社のユーザーを抱えるまで成長してきた。国内ではまだ数十社のユーザーにとどまっているが、早い段階でグローバル全体の約10%に相当するユーザーの獲得を目標に据える。
CSAJがSaaS利用意向を調査
乗り換え希望は20%どまり
3月31日、コンピュータソフトウェア協会(CSAJ、和田成史会長)の「SaaS研究会」は「中小企業におけるSaaSの利用意向等に関する調査」の結果を公表した。
同調査は調査会社のマクロミルに依頼し、同社モニタ会員に対して行ったもの。予備調査として5万370人に対し、(1)SaaSに対するある程度の知識保有者(2)情報システム導入に関与するまたは関心がある人(3)従業員300人以下の企業の従業員または経営者・自営業者、の3条件を満たす人を抽出。この3条件を満たす1187人に詳細調査を実施した。実施期間は2008年1月11日から19日まで。
「SaaSへの乗り換え意向」に対する問いで、「ぜひ乗り換えたい」「乗り換えを検討したい」と回答したのは全体の約20%。アプリケーションの種類でみると、「営業支援・顧客管理」「メール・グループウェア」にSaaSへの移行意識が高く、「人事給与」「生産管理」「物流管理」は低い結果が出た。CSAJの担当者は、乗り換え意向の比率について「20%という数値は決して高くないと思うが、2-3年後に乗り換えたいと考えているユーザー企業は50%を超える。SaaSへの関心・興味はあるものの、今は情報不足で不安に思っているユーザー企業が多いのではないか」と分析している。
また「どの点を重視してSaaS型サービスを検討するか」との質問で、「非常に重要」および「重要」との回答が最も多かったのは「使いやすさ」。以下「利用料金」「SaaSの機能」と続いている。調査担当者は「ユーザー企業は、パッケージソフトではメーカーの知名度やブランド力を重視する傾向が強いが、SaaS型サービスでは重視していない。だから、新興企業が参入しやすいのではないか」と推測している。
一方、利用メリットで上位に入った3項目は、「初期コストが安い」(57.4%)、「運用コストが削減できる」(48.1%)、「導入までの期間が短い」(47.5%)だった。一方、デメリットの上位3項目は、「情報漏えいが心配」(65.1%)、「ネットワーク障害があると使えなくなる」(62.1%)、「サービスの継続性に不安がある」(33.9%)となった。
価格は、1アカウントあたりの年間利用料金の支払い意思額を尋ねたところ、約4万2000円から約5万8000円までのバラツキがみられた。最も安価なのは「ブログ・SNS」で、金額が高かったのは「生産管理」となっている。
週刊BCN「SaaS」取材班
大手ベンダーの分担が明確化 富士通、NECは“場所貸し”
富士通、NECのSaaS基盤始動SaaSアプリケーション/サービスを提供するインフラとなるSaaS基盤の方針を先陣を切って打ち出したのは富士通だ。その同社が2月に第一弾として公表したのは、パートナーとの「共創モデル」だ。具体的には、データセンターを利用して、中堅・中小企業(SMB)に強みをもつISV(独立系ソフトベンダー)に“場所貸し”をするほか、SaaSアプリケーションを開発する技術や検証などの支援を行う。この基盤に乗せるISVのアプリケーション数を順次増やすなかで、SaaS市場の成熟度合いに応じて「動きながら」(横山耕三・SMEアウトソーシング推進部部長)、ユーザー企業やISV向けなどにサービスメニューを拡充していく。
NECは3月下旬、SaaSを中心とした「サービスプラットフォーム提供事業」と称する新事業の開始を打ち出した。同社は2つの領域でSaaSビジネスを推進する。すでに提供しているeラーニングやシフト勤務管理、金融業など業種向けソフトなどをSaaS化して提供する「アプリケーションサービス」と、開発・運用までのサービス・ライフサイクルを支援する「プラットフォームマネージドサービス」で推進する計画だ。
富士通とNECの戦略は当面、自社のデータセンターなどインフラを生かした“場所貸し”でストックの収益を得るという同様の路線を進む方向にある。そのうえで、SaaSを普及/拡大するためのISV支援策などを明確化している。また、現状では系列パートナーなどを通じた販売展開まで踏み込んだ内容を具体的に打ち出していない点でも共通している。
サーバーやミドルウェア、システムインテグレーション(SI)、データセンターなどのインフラをもつ富士通、NECに加え、日本IBMもSaaS事業を始めると予測される。米IBMは1月下旬、SaaS基盤ともなる「Bluehouse」のコードネームをもつWeb配信型サービスを発表した。
同社はいまのところ、富士通とNECのようにサービスメニューを明らかにしていないが、「SMBが必要なアプリケーションを好きな時に必要な期間使えるサービス」(マイク・ローディン・ゼネラルマネージャー)を目指し、まずはSMBに向けて事業化する。日本法人の日本IBMは、現段階でSaaS事業を日本市場で展開することを明言していないが、アジア・パシフィックから米本社直結のレポートラインに変更されたことなどからも、年内には方向性が示されるとの見方が有力だ。このほか、富士通、NEC、日本IBMと同様のインフラを保有する日立製作所の動向が注目される。
大手SIerは業種特化型へ
一方、NTTデータなど、データセンターを保有する大手SIerにもSaaSを事業化する動きがみえ始めた。大手SIerの多くはすでに、セールスフォース・ドットコムのSaaSサービスを大手企業に提供を開始している。今後は自社のデータセンターなどのインフラや通信事業者、大手メーカーなどと連携して広範にSaaSサービスを提供するとみられる。
大手SIerの動きは、NECが「業種に特化したパッケージソフトのSaaS化を実施する」と公表資料に記していることと同じ方向性といえそうだ。例えば、官庁・自治体向けに強みをもつNTTデータは、1か所の自治体で開発したソフトを他の自治体などへ「横展開」する際にSaaSサービスを使うことが可能だろうし、ネットワーク運用・構築のユニアデックスを子会社にもつ日本ユニシスなども、マイクロソフトベースで開発した銀行システムをシステム開発とネットワーク構築を組み合わせSaaS展開できるはず。
富士通など大手メーカーの形態は、SaaSの「インフラ提供型」で、NTTデータなど大手SIerの形態が業種特化の「マーケットプレイス型」といえる。また、大手メーカーのSaaS基盤は、NTT、KDDI、ソフトバンクBBの通信事業者とも関連性が深まってきそうだ。通信事業者は、高速・大容量化が進む回線を利用して、企業ユーザーを増やす手立てとしてSaaSを利用しようと模索している。
SIノウハウが乏しい通信事業者にとって、企業へのシステム提供に実績のあるSIerやマイクロソフトなど、企業向けSaaSをサービス化をするうえで必要なミドルウェアをもつベンダーとのアライアンスは不可欠。今後、富士通やNECなどが提供するSaaS基盤を通信事業者が提供を受け、企業向けにSaaSサービスを展開することは十分あり得るし、双方にとってメリットが大きいといえる。
通信事業者はFMCと連動
通信事業者によるSaaS事業への着手は、回線サービスの付加価値化にほかならない。というのも、固定電話サービスは頭打ちであり、IP(インターネット・プロトコル)環境でのアプリケーション提供の拡大が必須だからだ。収入源として固定電話加入者を確保しておきたいのはFMC(携帯と固定の融合サービス)の実現も視野に入れているためでもある。FMCが主流になれば、1つのナンバーで固定と携帯の両方にアプリケーションを提供できるようになり、携帯電話の加入者を増やすことにもつながるからである。
このほか、SaaSを利用するうえでのセキュリティ機能はマカフィーなど外資系ベンダーが先陣を切り、セキュリティ業界全体でサービス提供が加速し、日本SGIのようにVPNなど通信インフラをSaaS提供する動きなども進展している。セキュリティや通信インフラといったSaaSサービスを提供するバックボーンが段階的に整備される一方、富士通やNEC、通信事業者などのSaaSベンダー基盤が進展することで、ユーザー企業にSaaSアプリケーションが普及するフェーズに向かいそうだ。
現在、ISVはどこのSaaS基盤を使って自社のアプリケーションを企業へ配信するかを模索している。いまのところ、経済産業省のSaaS基盤を含め「どのSaaS基盤にも乗せて動向を見極めたい」という動きが大勢を占める。SMB市場を主軸に据えるISVは、自社製品のほとんどを販売パートナーに委ねる間接販売が主体。このため、既存の販売パートナーへの影響をモニタリングするなかで、SaaS事業を本格化するとみられている。
3大通信事業者、SaaSに着手
サービス拡充でベンダー提携盛んに
通信事業者は、SaaSを回線サービスの付加価値と位置づけている傾向が強い。このため、この業界ではSaaS関連の各種サービスの提供開始が相次ぐ。
KDDIはこのほど、マイクロソフトの「Outlook」を携帯電話で使えるサービスとしてSaaS事業に本格着手した。昨年末には、アプリケーションベンダー向けのアライアンスプログラムを発表。6社のベンダーと協業を決めた。桑原康明・ソリューション事業統轄本部戦略企画部長は、「さまざまなベンダーとのパートナーシップを組むことがユーザー企業にとって好結果につながり、当社のビジネス拡大にも結びつく。アプリケーションサービスのラインアップを増やしたい」と、SaaS事業の拡大を目指す。
ソフトバンクBBは、すでに米SaaSベンダーのセールスフォース・ドットコムと業務提携しており、グループ会社のソフトバンクモバイルが提供する端末とスマートフォンとの連動を進めるなどで、SaaS事業の領域拡大を図っている。中山五輪男・コマース&サービス統括SaaS事業推進部シニアコンサルティングマネージャは、「ディストリビューション事業ではISVやSIerとのパートナーシップは深まっていると自負している。今後は、通信キャリアとしての部分でも協業が図れるような体制を整える」と構想を語る。
同社はSaaS事業の拡大策の一環として現在、セルースフォース以外のベンダー製品の取り扱いを検討している。ほかにも、「将来的にはソフトバンクグループ自体がデータセンターを使ってSaaS事業に着手することも検討している」と、自社事業の強みを生かした展開を模索する。SaaSプラットフォームベンダーの流通卸と通信事業者の立場からSaaSを提供という両輪を生かすなど、グループ全体の相乗効果で主導権を握ることを狙う。
NTTドコモは「SaaSは検討事項としてあがっている。現在、提供するアプリケーションを模索している段階」(有田浩之・法人営業本部法人ビジネス戦略部技術戦略担当課長)という。
携帯電話事業を手がける主要な通信事業者は、SaaS展開を視野に入れていると思われる。各事業者が主眼をおいているのは、ISVや自社アプリケーションを開発するSIerなどとのパートナーシップを深めていくことだろう。
ネットスイート
アプリベンダーとの連携を強化
BOSを前面に打ち出す
SaaSベンダーのネットスイート(松島努社長)は、ソフト開発ベンダーとの連携を強化する。SaaS基盤やERP(統合基幹業務システム)などをセットにした「ビジネスオペレーティングシステム(BOS)」を前面に打ち出す。BOS対応の業務アプリケーションを増やすことでビジネスを拡大させる。基幹システムから業種・業務向けのパッケージソフトやカスタマイズに至るまで、自らのプラットフォーム上で統合的に供給。顧客企業の細かな要望に応えていくことで支持を集めるのが狙いだ。BOSはSaaS基盤を提供するだけでなく、企業が最低限必要とするERPやEC(電子商取引)、CRM(顧客情報管理システム)などをセットにしたネットスイート版の“OS”である。しかし、これだけでは個別の業務・業種へ完全に対応するのは難しい。そこでSIerやISVが開発する業務アプリケーションを自らの“OS”上へ呼び込むことで完成度を高める。必要に応じてカスタマイズも可能にする。
例えば、ネットスイートの標準機能で業務の8割をカバーできたとしても、残り2割は個別の業種・業務に対応したアプリケーションやカスタマイズが別途必要になる。「この“2割”が、ユーザーにとって極めて重要だ」(高沢冬樹・上席執行役員マーケティング・営業推進本部長)と、アプリケーションベンダーとの連携の重要性を説く。
SIerやISVにとってみれば、ネットスイートのBOSに自らの業務アプリケーションを移植させる手間がかかる。しかし、その一方でゼロからSaaS基盤を構築しなくても済むメリットもある。一度移植すれば、ネットスイートの同業種、業務のユーザーへの横展開も容易だ。
SaaSで先行するセールスフォース・ドットコムは主にCRMを切り口に、大手企業から中堅中小に至るまで幅広いユーザー層を獲得している。これに対してネットスイートは中堅中小企業をメインターゲットとし、自社のBOSとパートナーが開発した業種・業務アプリケーションを垂直統合。ワンストップで供給する体制づくりを急ぐ。
課題は販売網の整備が遅れていること。全国に販売網を張り巡らせる大手SIerとの連携を急ピッチで進める。
「大手SIerの多くはSaaSへの取り組みを重点課題にあげており、今まさに詰めの話合いをしている」と、中小企業向けの販売網の確立に力を入れる。ある程度の販売本数が見込めないと、業務アプリケーションの移植も進まないことも考えられる。販売網と業務アプリケーションの種類を増やすことの両立が求められそうだ。
ネットスイートはグローバルで約6000社のユーザーを抱えるまで成長してきた。国内ではまだ数十社のユーザーにとどまっているが、早い段階でグローバル全体の約10%に相当するユーザーの獲得を目標に据える。
CSAJがSaaS利用意向を調査
乗り換え希望は20%どまり
3月31日、コンピュータソフトウェア協会(CSAJ、和田成史会長)の「SaaS研究会」は「中小企業におけるSaaSの利用意向等に関する調査」の結果を公表した。同調査は調査会社のマクロミルに依頼し、同社モニタ会員に対して行ったもの。予備調査として5万370人に対し、(1)SaaSに対するある程度の知識保有者(2)情報システム導入に関与するまたは関心がある人(3)従業員300人以下の企業の従業員または経営者・自営業者、の3条件を満たす人を抽出。この3条件を満たす1187人に詳細調査を実施した。実施期間は2008年1月11日から19日まで。
「SaaSへの乗り換え意向」に対する問いで、「ぜひ乗り換えたい」「乗り換えを検討したい」と回答したのは全体の約20%。アプリケーションの種類でみると、「営業支援・顧客管理」「メール・グループウェア」にSaaSへの移行意識が高く、「人事給与」「生産管理」「物流管理」は低い結果が出た。CSAJの担当者は、乗り換え意向の比率について「20%という数値は決して高くないと思うが、2-3年後に乗り換えたいと考えているユーザー企業は50%を超える。SaaSへの関心・興味はあるものの、今は情報不足で不安に思っているユーザー企業が多いのではないか」と分析している。
また「どの点を重視してSaaS型サービスを検討するか」との質問で、「非常に重要」および「重要」との回答が最も多かったのは「使いやすさ」。以下「利用料金」「SaaSの機能」と続いている。調査担当者は「ユーザー企業は、パッケージソフトではメーカーの知名度やブランド力を重視する傾向が強いが、SaaS型サービスでは重視していない。だから、新興企業が参入しやすいのではないか」と推測している。一方、利用メリットで上位に入った3項目は、「初期コストが安い」(57.4%)、「運用コストが削減できる」(48.1%)、「導入までの期間が短い」(47.5%)だった。一方、デメリットの上位3項目は、「情報漏えいが心配」(65.1%)、「ネットワーク障害があると使えなくなる」(62.1%)、「サービスの継続性に不安がある」(33.9%)となった。
価格は、1アカウントあたりの年間利用料金の支払い意思額を尋ねたところ、約4万2000円から約5万8000円までのバラツキがみられた。最も安価なのは「ブログ・SNS」で、金額が高かったのは「生産管理」となっている。
国内のSaaS(Software as a Service)ビジネスが実用段階に向かい始めた。実際にユーザー企業への急速な普及には、まだ時間を要しそうだが、SaaSを利用したサービス提供用のプラットフォーム(基盤)の準備が大手メーカーや通信事業者などの手により着々と進む。富士通やNECなどの大手メーカーはインフラとなるSaaS基盤を貸し出して、広範にアプリケーションを募る“場所貸し”ビジネスを指向。通信事業者は、大手メーカーからSaaS基盤の提供を受けるなどで、携帯電話などと連動した自社通信網の付加価値サービスの幅を広げようとする向きがある。役割分担が見え始めた最近のSaaS動向をレポートする。
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