フランスからのインターンシップ学生マルタン・アミロウさんが大手SIerの東芝ソリューション(東芝SOL)の扉を叩いて3か月になる。インターンシップ制度を幅広く採用するフランスの大学では、民間企業などでの仕事を通じて会社や経済の仕組みを学ぶ。だが、はるばる日本まで、しかもITの分野で学びに来るのは異例だ。東芝SOLにとってフランスからの学生を半年間受け入れるのは初めての経験。そのきっかけは本紙で2006年5月から今年3月末まで連載した
「ITジュニアの群像」で取り上げたプログラミング競技大会「全国高等専門学校プログラミングコンテスト」のスポンサーになったことからだった。(安藤章司●取材/文)
プロコンきっかけで受け入れ決まる
PROFILE:マルタン・アミロウさん。1984年12月、フランス生まれ。04年6月、フランスの技術短期大学情報学科卒業。パリ第7大学の日本研究学科を経て、05年9月、ルーアン応用科学大学情報システム工学科に編入。08年3月、ルーアン応用科学大学と提携関係にある茨城工業高等専門学校を通じて東芝ソリューションで半年間の企業研修が実現する。●日本文化に深い興味を持つ
フランスの大学の多くは単位修得の条件にインターンシップを求めている。マルタンさんが学ぶルーアン応用科学大学も同様。学生は卒業までに企業などで約半年間のインターンシップを経験する。通常はフランス国内かEU域内、遠くても米国までというケースが主流だが、マルタンさんはさらに遠い日本を選んだ。欧州とはまったく異質な文化を持つ日本に深く興味を抱いたからである。
最初のきっかけは日本の映画やアニメに触れたこと。宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』はフランスの映画館で観たし、北野武監督の『菊次郎の夏』もお気に入りの作品。若いマルタンさんにとって、異質の文化は強烈な印象となって脳裏に刻み込まれた。短大卒業後に1年間、日本語を勉強。05年にルーアン応用科学大に編入して現在に至るまで、日本を訪ねること3回。今回のインターンシップでの来日は実に4回目になる。
過去の来日では、日仏両国のボランティア団体の協力も得た。単なる観光旅行ではおもしろくないとして、九州や山陰でボランティア活動に従事。2年前は九州で杉林の手入れをし、昨年は島根県で老朽化した家屋の修復を手伝った。いずれも過疎に悩む地域ではあるが、古きよき日本の文化風習にどっぷりと触れることができた。
なかでも地元の小規模な温泉には足繁く通い、フランス人には馴染みの薄い“裸のつきあい”も体験した。『千と千尋──』に出てくる立派な湯屋には遠く及ばないかも知れないが、村の鎮守や峠や辻の道祖神、地蔵菩薩などの“異国の神々”に囲まれた温泉は、まさに「映画の世界そのもの」(マルタンさん)と、感慨深いものがあった。
●茨城高専から要請受ける 今回のインターンシップではルーアン応用科学大と提携関係にある茨城工業高等専門学校(茨城高専)の力を借りた。茨城高専は国際交流に力を入れており、海外の高等教育機関との提携関係の強化に努めている。自校の学生を海外へ送り込む一方、提携先教育機関からの学生の受け入れにも積極的だ。単に自校に留学させるのとは異なり、インターンシップの場合は企業の協力が欠かせない。これまでは地元に事業所のある日立製作所グループの協力を得ることが多かったが、マルタンさんの専攻が情報システム工学ということもあり、IT専業の東芝SOLに受け入れを依頼した。
茨城高専と東芝SOLの出会いは、06年10月に茨城高専で開催された全国高等専門学校第17回プログラミングコンテスト(高専プロコン)。東芝SOLがスポンサーの1社になったのがきっかけだった。高専プロコンは今年3月末まで2年近く本紙で連載した「技術立国の夢を担うITジュニアの群像シリーズ」で頻繁に登場しており、馴染みのある読者も多いことだろう。
海外からの学生も参加する高専プロコンの運営に当たっては、茨城高専の国際交流を推進する付属施設、国際交流センターも協力。このプロコンがきっかけとなって、1年半後、国際交流センター経由でのマルタンさんのインターンシップが実現することになる。
東芝SOLにとって、フランスからの学生の受け入れは初めての経験。前例がないうえに、期間も3月からほぼ6か月間と長い。既存のインターンシップの枠組みでなく、特例扱いの“企業実習”という名目で、東京・府中にあるIT技術研究所に配属した。実習の内容はソフトウェアをサービスとして提供するSaaS技術の研究。近年注目が集まる分野だ。
●SaaS研究で成果を出す
IT技術研究所は、SaaSやSOA(サービス指向アーキテクチャ)、オープンソースソフトウェア(OSS)など、インフラ技術に強い東芝SOLを支えるR&D部門。就職を視野に入れたインターンシップとは異なるため、「プログラミングや動作テスト作業などの現場に近いところで働くよりは、最新の技術動向に触れるほうが適している」(落合正雄・取締役IT技術研究所長)との東芝SOLの配慮でもある。
マルタンさんにとっても、具体的にSaaSを学ぶのは今回が初めて。おおまかな概念は知っているが、「技術的な構成要素やアーキテクチャについては新しい発見の連続」と、目を輝かせる。新鮮な驚きと新しい知識を学び取ることで忙しく、「あっという間に時間がすぎた」(マルタンさん)。日々変化する技術トレンドを見聞きしつつ、残り3か月で「しっかりと成果を出す」と、決意を新たにする。研究色の強い職場で、彼の知的好奇心は存分に刺激を受けているようだ。
SaaSの持つ可能性は大きく、特定企業のビジネスだけにとどまらない。ソフトウェアのアーキテクチャやIT業界のビジネスモデルそのものを変える潜在力がある。卒業後はIT業界への就職を希望しているというマルタンさんにとって、SaaS研究の最前線を学ぶことはメリットが多い。落合所長は、「当社研究員と互いに切磋琢磨し、納得のいく成果を残してもらいたい」とおおいに激励している。日本とフランスは文化的な背景は大きく異なるが、SaaSという共通テーマを通じて「双方の価値観や仕事に対する熱い思いを学んでもらえれば」と期待する。
茨城工業高等専門学校
国際交流を推進
グローバル化に積極対応

茨城工業高等専門学校(茨城高専・角田幸紀校長)は、国際交流に力を入れている。高専生自身の海外研修・留学を積極的に行う一方で、海外の学生の受け入れにも意欲的だ。アジア各国の学生の留学や、日本企業へのインターンシップを望む学生に対応する。
同校国際交流センター長の三好章一・人文科学科教授は、「次代を担う若い海外の学生に日本企業を知ってもらう絶好の機会」と、インターンシップを通じて日系企業に対する理解促進に努める。
グローバル化が進展するなかで、「国際的な感覚を身につけることはもはや必須」。国際交流のパイプが太くなれば、茨城高専の学生にとってもよい刺激になる。協力関係にある海外の学校や企業との連携をさらに深め、国際交流活動の拡充を進める。学生の異文化への対応力や国際感覚を高めていく方針だ。