中小企業にSaaSを売る動きが本格化している。富士通ビジネスシステム(FJB)は年商50億円未満のユーザー企業向けの販売体制を拡充。SaaS型サービス商材を主軸とする売り込みに力を入れる。日本事務器(NJC)もネットワークに強い子会社を通じてSaaS型のサービスを育成中だ。中小企業向けSaaSはほとんど手つかずの市場だけに、拡大の余地が大きい。有力SIerによって、SaaSビジネスの新たな勢力図が描かれることになりそうだ。
FJBの鈴木國明社長は、来年度(2010年3月期)からスタートする中期経営計画の重要強化点にSaaSサービスを位置づけようとしている。中小企業市場開拓のためだ。同社は年商50億~500億円の中堅企業向けビジネスに強い。ただ、継続的成長のためには、「手薄だった50億円未満の中小企業向け事業をテコ入れする必要がある」(鈴木社長)と考えている。中小企業向け事業は顧客単価が低く企業数も多いだけに、中堅企業より効率的な営業が求められる。そこで、主軸商材として着眼したのが、SaaSサービスだ。
SaaSであれば、初期投資がシステム構築よりも安価で済む。運用も楽で、システム管理者がいない中小企業でも使いやすい。一度売れば更新を促す営業は必要なものの、基本的には毎月利用料金を稼げるため効率化できる。
FJBは、2008年度期首に年商50億円未満企業攻略のための新営業本部を40人体制で組織した。電話およびWebでのマーケティング部隊約20人とも協力し、新規ユーザー獲得に動き始めていた。08年度はこの営業本部で約22億円の売り上げを稼ぐ計画を立てている。
新営業本部は、SaaS型サービスだけを売る専門チームではない。その点について鈴木社長はこう言う。「SaaSサービスが直近で一気に売れるとは考えていない。しかし、今は中小企業のアプローチリストを作成するだけでも意味がある。SaaSサービスが花開いた時、効率的な営業をするための備えになるからだ。中小企業向け商材の主役は確実にSaaSサービスだ」。時期こそ明言を避けたが、50億円以下市場でのビジネスで、「頑張り次第で全体の30%ぐらいを占められるのではないか」と鈴木社長は試算。将来に向けた営業準備を今年度から着実に進めているのだ。

FJB以外にも、今年SaaSサービスに力点を置くSIerが存在する。中小企業向けSIに強いNJCだ。完全子会社のNJCネットコミュニケーションズ(NJCネットコムズ)でSaaSサービスを育成中だ。04年6月、NJCはそれまでネットワーク構築を手がけていた子会社とNJCのIPサービス事業を統合してNJCネットコムズを設立。当初はIP電話システムの期間貸しサービスをメインにしていたが、業容が着実に拡大している。文書管理やウェブ会議、グループウェアなどの多様なアプリをSaaSサービスとして提供するITサービス会社に生まれ変わった。システム構築事業とはビジネスモデルも仕事のやり方も違うため、別会社として運用したほうがよいと決断した。すでに単月黒字化を果たしている。
NJCの田中啓一社長は、「今年はさらにSaaS型サービスを強化する」と意気込む。NJCは子会社設立という形で、サービス事業を着実に育てる。
中小企業向けSaaSはこれから市場の拡大が期待できる新天地である。すでに有力ベンダー同士の商材開発や販売競争が始まっており、ビジネス環境も急ピッチで整備されつつある。ソフト開発やハード、サービスなど主要ベンダーを巻き込んだシェア争いの激化が健在化しつつある。(木村剛士/安藤章司)
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中堅・中小のユーザー企業にまでSaaS・クラウド型のビジネスが浸透してきたことで、IT流通はより一段と変化を迫られる。上流工程のソフト開発ベンダーからディストリビュータ、保守運用に至る一連のITライフサイクル全体に影響が及ぶ。
これまでは、大手企業向けの一部のアプリケーションのサービス化が、多くのSIerにとってビジネスの中心だった。ところが、中堅・中小に向けた販路開拓が進むに従い、同領域で広く使われるミドルウェアや業務ソフトのサービス化が課題として浮上する可能性が出てきている。データセンター(DC)で稼働する仮想化されたサーバーに対応する必要も生じてくるだろう。
先駆的なディストリビュータは、すでにSaaS・クラウドビジネス参入に意欲を示す。日本IBMの付加価値ディストリビューション(VAD)事業を手がける日本情報通信(NI+C)は、全国約200社のビジネスパートナー網を通じて、SaaS・クラウド型サービス商材の流通を検討する。同社は、SaaSの基盤として機能するクラウドコンピューティングを重点事業とし、この基盤上でサービスビジネスを展開する「PaaS型ビジネスへの参入」(野村雅行社長)を念頭に置く。
SIerの販売面では、営業部門のインセンティブの見直しも求められる。サービス商材は、月額定額で利用するケースが多く、従来のシステム一式を売り切る方式に比べて、1案件あたりの規模を追求しにくい。だが、昨年来の厳しい受注環境に直面するSIerは、「背に腹はかえられない」(SIer幹部)のが正直なところ。ユーザーニーズに応えるサービス商材の本格的な立ち上げに駆り立てられているのが実情である。また、主要なシステムがDC内に集約されるため、出張ベースの保守運用ビジネスが減少することも考えられる。SIerは、まとまったシェアを早期に確保し、“規模の経済”のメリットをこれまで以上に追求する必要がありそうだ。(安藤章司)