福岡県ではRuby(ルビー)で地域のIT産業を活性化する取り組みに力を入れている。国産のコンピュータ言語Rubyは、開発生産性が高いことが評価され、世界中でユーザーが増加。福岡は全国に先駆けてRuby技術者を育成することにより、Rubyを活用したビジネス振興を狙う。不況によるIT投資の減退で、大手SIerは軒並み外注費を削減している。地方のソフト開発会社は大手からの仕事が減っており、福岡も例外ではない。“Rubyなら福岡”という評価を定着させ、福岡ならではの特徴を浮き彫りにする。他地域との差別化を打ち出すことで、苦境を乗り切る構えだ。(安藤章司●取材/文)
不況で結束力高まる
Rubyを武器にITビジネスを振興
●「福岡ニューディール」政策始動 福岡県は今年2月、地域経済を振興させるための“16のプロジェクト”を柱とする「福岡ニューディール」政策を発表した。麻生渡・福岡県知事が陣頭指揮を執るもので、水素エネルギーやがんペプチドワクチンなどと並んでRubyによる新しいソフト産業の育成を掲げる。「福岡の情報サービス産業のパラダイムシフトを起こすきっかけになる」(麻生知事)と、積極的な支援策を表明する。
なぜ、Rubyなのか? 1993年にRubyが開発されてからこれまで、実は日本ではそれほど注目されてこなかった経緯がある。ところが、新しい技術に目ざとい欧米の技術者が興味を示し、主に北米で利用者が急増。ネットワーク応用通信研究所(島根県)のフェローで、Ruby開発者のまつもとゆきひろ氏は、「“世界へ広がるRuby”というよりは“世界で広がっているRuby”」と表現する。福岡県はここに目をつけた。他より先んじて技術者を多く育成すれば、「競争優位性を発揮できる」(中島賢一・福岡県商工部商工政策課コンテンツ産業班主任主事)と考えた。

県より早くRubyの可能性に着目したベンダーがいる。東京のSIerのイーシー・ワンは、福岡に開発拠点を開設するに当たり、人材をどう確保するかで悩んでいた。そこで、「へたに求人広告を出すより、Rubyの勉強会を開催すれば知名度が上がる」(イーシー・ワンの最首英裕社長)と思い至る。同社はJavaやRubyを活用したソフト開発を得意としていることから、07年7月にRubyビジネス・コモンズを開設。定期的に勉強会を開催したところ、福岡を中心に参加者が急増。コモンズの参加者は直近で約620人で、うち500人近くが地元から参加する状況だ。
●産官学連携でRuby活用へ Rubyビジネス・コモンズに集まる若き技術者たちの姿は、地元IT産業界の目にとまることになった。地元有力SIer福岡CSKの西岡雅敏社長は、「どうにかして若いエンジニアの技術力をビジネスに結びつけたい」と考えて、08年8月、福岡Rubyビジネス拠点推進会議を立ち上げた。西岡社長が会長に就き、地元IT有力ベンダーやRubyビジネス・コモンズ、福岡県情報サービス産業協会、地元大学などの企業・団体が加盟。地元IT産業の熱い思いが県を突き動かし、名誉会長には麻生知事、特別顧問には九州経済産業局、福岡市、久留米市、北九州市などが就く。
折しも、会議が発足した直後に世界同時不況が表面化。輸出型産業が大打撃を受け、情報サービス産業にも深刻な影響が及ぶ。さらに深刻なのが、福岡の下請け体質。地元のIT産業の競争力を高めるには、自らが元請けとなり、システムの企画・設計の段階から関与する以外にない。「指示された通りにソフトを開発するだけのビジネスモデルは衰退していかざる得ない」(西岡会長)と、危機感をあらわにする。

●危機直面で機運高まる 福岡ニューディール政策を打ち出して間もない今年2月27日、西岡会長自ら実行委員長となり、第1回の「フクオカRubyフォーラム」を開催。Rubyで開発した優秀なシステムやサービスを表彰するフクオカRuby大賞の表彰を行った。大賞には国内外合わせて78件の応募があり、表彰式当日には300人を超える来場者が会場を埋めた。不況が産業界の危機意識を高め、Rubyビジネスへの関心度を押し上げたのは確かだ。猛烈な逆風にさらされたことが、産官学の結束力を強めた。Rubyは福岡ニューディール政策の柱の一つとして盛り上がりをみせる。
Ruby大賞の優秀賞を受賞した合同会社ナインアローズに参加するアイキューブドシステムズの佐々木勉社長は、Googleの法人向けアプリケーションサービスと連動したソフトを矢継ぎ早に投入。Rubyの生産性の高さを生かしつつコストを抑え、「ビジネスを迅速に展開することで全国進出を目指す」と鼻息が荒い。今、東京での営業拠点の開設の準備を進めるなど、着実に夢を掴みつつある。
Rubyは技術要素の一つに過ぎない。だが、産官学が結集し、スピード感をもって活用していくことで強力な武器になり得る。地域のIT振興のモデルケースとして参考になりそうだ。
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| なぜいま、Rubyなのか |
豊かな表現力 旧式言語の100倍も Ruby開発者のまつもとゆきひろ氏によれば、「プログラマが1日に書くことができる行数は昔も今もたいして変わらない。変えられるのは、より高効率な言語を使うことで表現力を高めること」だという。つまり、プログラムの行数は増やせないが、表現できる量は増やせるというのだ。Rubyは旧式言語より10倍、場合によっては100倍の表現力があるとされ、うまく使いこなせば開発生産性や競争力が向上。元請け案件を増やして、下請けから脱却するきっかけをつかめる可能性がある。 |