グループウェア(情報共有システム)の領域で新たな闘いが始まった。マイクロソフトは情報共有のクラウド型サービス「Online Services(オンラインサービス)」を4月中にスタートさせる。迎え撃つのはクラウド型の情報共有システムで独走態勢にあるグーグル。さらに日本IBMは今年夏をめどに「LotusLive(ロータスライブ)」を投入する見通しだ。かつて、クライアント/サーバー(C/S)時代にはマイクロソフトとロータスがグループウェアのシェア争いで激突した。クラウド時代は、先行するグーグルに対して巨人マイクロソフトとIBMが全面戦争を仕掛ける形で幕をあける。
情報共有システムのクラウド化を決定づけたのはグーグルだ。電子メールやカレンダー、ワープロ・表計算ソフトなどを備えた企業向け「Google Apps」サービスは、予想を上回るスピードで市場に浸透している。対するマイクロソフトは、メールとグループウェア機能を持つExchange(エクスチェンジ)やOffice SharePoint(オフィス シェアポイント)などを含む「Online Services」を投入。日本IBMもグループウェアで一世を風靡したLotusシリーズをクラウド化する。従来のC/S型からクラウド型へ舞台を移し、再び激烈なシェア争奪戦が幕をあける。

売り手であるSIerは、それぞれの思惑や戦略を絡ませながら、三つの陣営に分かれて闘う様相だ。グーグル陣営でトップを独走するのは富士ソフト、電算システムなどの有力SIerである。マイクロソフトのOnline Servicesに目を転じると、大塚商会、内田洋行、日立システムアンドサービスなど18社が先陣を切る。ロータス陣営は未定だが、JBCCホールディングスグループなど、日本IBMのトップソリューションプロバイダが参戦する可能性がある。
グループウェアなど情報共有システムは、過去にクローズ型からC/S型へ、そしてWeb型への進化といったプラットフォーム変遷の節目で、常に普及の最前線を切り開いてきたジャンルである。足の遅い基幹業務系のシステムとは異なり、「ビジネスの展開の速さが勝敗を決める」(あるSIer幹部)という特性を持つ。2008年6月、国内大手SIerで初めてGoogle Appsの販売代理店契約を結んだ富士ソフトは、09年3月期までに2万ライセンス以上を受注。今年度(10年3月期)は前年度比2倍余りの5万ライセンスの受注を見込む。
富士ソフトでは、1案件2000~3000ライセンスを販売する大企業向けのビジネスが主体で、「引き合いが多すぎてSI(システム構築)が間に合わない」(富士ソフトの間下浩之・営業本部副本部長)と、不況とは思えない嬉しい悲鳴をあげる。岐阜県で創業した電算システムは、中部圏で唯一のGoogle Apps販売パートナーである。競合が少ない割に「引き合いは多い」(電算システムの渡辺裕介・システム営業部長)と、先行者利益を享受し、ホクホク顔だ。
マイクロソフト陣営についた日立システムの眞木正喜・執行役専務は「当社はマイクロソフトのソリューションパートナーのパイオニア」と、長年にわたってマイクロソフトとパートナーシップを組んできた実績を強調。日本IBMのビジネスパートナーのゼネラル・ビジネス・サービス(GBS)は、「LotusLiveを主力商材の一つに位置づける」(GBSの高野孝之・取締役専務執行役員)と、早々とロータス支持を表明。GBSは、Google Appsと営業支援システムのSalesforceのビジネスにも力を入れており、クラウドの複数陣営で商機を虎視眈々とうかがう。
不況下で、とにかくコストを削減したいユーザー企業。情報共有システムがクラウド方式によって「安く利用できることにメリットを感じるユーザーは多い」(あるSIer関係者)と、案件獲得に手応えを感じている。ただ、主要3社のサービスともに、エンタープライズでのサービス実績が十分とはいえない状況。サービスの継続性の検証や、万が一サービスが停止した場合の復旧・バックアップの技術をSIerが身につける必要がありそうだ。(安藤章司)
【関連記事】グループウェア大戦の戦況は
ユーザー本位、潮目の変化感じる
電子メールやカレンダーなどの情報共有システムは、今や仕事を進めるうえで欠かせない情報連携ツールである。当初は企業内の情報共有が中心だったが、Web時代になると企業や組織の壁を越えた活用が進む。外部の協力会社や顧客など仕事に関わるすべての人と情報を共有する必要があるからだ。
ところが、昨今の情報セキュリティ意識の高まりで、企業の情報システムは外部からのアクセスを極力制限する傾向が強まった。いったん社外に出るとメールサーバーにアクセスできず、グループウェアには使い勝手の悪いVPN(仮想専用線)ソフトを入れなければならないケースが多発。現場で働くユーザーは、仕方なく内々にグーグルの無料メールやカレンダー、表計算などに流れる。それがいつの間にかデファクトスタンダード化する…。浮世離れした情報システムよりも、便利なほうを選ぶのは致し方ない。
しかし、これではIT統制などの観点から見て本末転倒だ。企業では「管理したい」という需要が高まる。そこへ出てきたのが一連のクラウド型の企業向けの有料サービスである。SIerがユーザー企業の既存システムとのつなぎ込みを行い、ユーザーの属性別にアクセス制御を施したり、一つのIDで複数のシステムにログインできるシングルサインオンの仕組みをつくったりと、少なからずSI案件も発生する。これによって制約は加えられるが、従来の管理者本位のシステムより、はるかにユーザー本位のシステムに生まれ変わる。さらに、サーバー管理が必要ないクラウド方式なのでコストも安い。引き合いが増えるのは当然だろう。
いかにもコンシューマ向けサービスベンチャーらしいグーグルに不信感を抱いていたユーザー企業も、マイクロソフトやIBMが相次いで同様のクラウド型情報共有システムを打ち出すことで、潮目の変化を感じる可能性が高い。(安藤章司)