DC拡張で勢力を拡大
ハードメーカーのクラウド・ビジネスが本格的に立ち上がってきた。富士通はクラウド基盤を今年10月に大幅拡張。NECはクラウド関連で提供するサービスの販売網を拡充する。日立製作所は、サービスレベル管理が可能な独自のクラウド・サービスメニューを整備。グループのSIerと連携したビジネスを推進する。自社データセンター(DC)のクラウド化は、ハードウェアを持たないSIerが先行する傾向があった。だが、ここへきて大手ハードメーカーが台頭。2012年には1兆円の市場規模になると予測されるクラウド・ビジネスの争奪戦が激しさを増す。

富士通は、館林システムセンター(群馬県)など主要DCでクラウド対応を推進。今年10月にキャパシティを大幅に拡張したクラウドDC設備を稼働させる。同11月には同センターにラック換算で約6000台収容可能な大型新棟がサービスを開始した。仮想化を前提に設計した国内最新鋭のVDC(仮想化対応のDC)が本格稼働することで、サービスの幅が一気に拡大する見通しだ。同社は、今後3年間のクラウド関連ビジネスの累計売上高の目標を3000億円とし、同事業の拡大を急ピッチで進める。
ライバルのNECはグループで全国53か所あるDCのうち主要10か所をVDC化する。すでに4か所を改修済みで、「向こう2~3年のうちに、主要DCのクラウド対応を済ませる」(NECの細田稔・マネージドプラットフォームサービス本部長)と、ユーザー企業の需要増を睨んだ先行投資を加速させる。向こう4~5年内をめどにクラウド関連ビジネスで年間1000億円を目指すとしており、直近の商談の進み具合から「すでに200~300億円の年商は射程圏内」(同)と鼻息が荒い。
日立製作所は、7月末からクラウドサービス体系を一新する。GoogleやAmazonなどパブリッククラウドでは実現が難しいとされるサービスレベルの管理能力を強化した。サービス化に当たっては、日立情報システムズや日立ソフトウェアエンジニアリングなど、クラウドビジネスで先行する「グループSIerが脇を固める」(日立情報の矢島章夫・執行役専務)構図だ。
ハードメーカーのクラウド・ビジネスの本格化は、全国の系列販社にも大きな影響を与える。NECはSaaSビジネスを共同で推進するパートナーとして、住商情報システムやキーウェアソリューションズ、ウルシステムズなど約50社を、ここ1年余りで増やしてきた。今年4月からは、対象を全国約350社のビジネスパートナー(旧NEC特約店)に拡大し、SI力の高いパートナーを中心に参加を働きかける。NECの細田本部長は、「反応は上々」と、手応えを感じている。富士通も同様のSaaS商材の販売パートナーを拡充中である。
旧来のサーバーやパソコンのハード販売型ビジネスは、今般の世界不況で大きなダメージを受けた。系列販社は、マルチベンダーに転身したり、独自のシステム商材を開発するなどで、メーカーとの“絆”が弱まる傾向が続く。クラウド・ビジネスは、DCなどに莫大な先行投資を必要とする。「中小販社がおいそれとできるものではない」(地域の販社幹部)だけに、ハード商材からクラウドをベースとするサービス商材の切り替えは、全国の販売網を再び活気づかせるうえで必要不可欠な措置だ。
クラウド・ビジネスに詳しいSIerのサイオステクノロジーは、国内のクラウド関連ビジネスは2012年までに1兆円を超える市場に成長すると予測する。争奪戦はまだ序の口。大手ハードメーカーの全国販社を巻き込んだクラウド・ビジネスの本格化で、勢力構成は大きく変化する。市場の活性化で、情報サービス業界に新たなビジネスチャンスが生まれる可能性が高い。(安藤章司)
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不況でもDCの稼働率は下がらず
IT資産を保有せず、必要に応じてオンデマンドでリソースを調達するクラウド方式は、ユーザーに根強い需要がある。IDGジャパンの調査によれば、国内のデータセンター(DC)稼働率は約65%と、この3年間ほとんど変化していない。相次ぐDCの新設・増設にもかかわらず、実質的に需要が伸びているため、稼働率が一定水準を保持する結果となった。すでにDC事業者の20%がクラウドサービスに乗り出しており、不況のさなかにありながらも底堅いニーズに支えられている。
事例を見ても、クラウドなどのオンデマンドサービスは有望であることがうかがえる。日立ソフトウェアエンジニアリングは、業界に先駆けてITリソースを貸し出すSecureOnline(セキュアオンライン)を投入。ビジネス的には、「すでに軌道に乗っている」(日立ソフトの中村輝雄・セキュリティサービス本部長)とし、今後は、持ち前のSI能力を生かしたクラウドシステムインテグレーション(クラウドSI)拡大を推進する。
例えば、Google、Amazonのような「パブリッククラウド」と、顧客別の「プライベートクラウド」といった複数のクラウドサービスにまたがったシステムの構築需要の拡大が見込まれる。この場合、顧客の情報資産が分散しがちになることから、「これらを連携させ、単一のサービスとして統合させるクラウドSIは必須」(同)とみる。
日立ソフトでは、ユーザー企業の電算室にクラウド環境を構築する「SecureOnline出前クラウドサービス」を今年9月から開始する。IT資産は同社が所有し、ユーザーは自社の電算室の場所だけ貸すという“逆転の発想”的なサービス。顧客の細かなニーズに対応できるサービスメニューを揃えることでビジネスを伸ばすのが狙い。将来的には、複数のSaaSを組み合わせ、ポータル的なゲートウェイサービスを始めることも検討している。(鍋島蓉子、安藤章司)