『週刊BCN』編集部は、毎年末におよそ90社のSIerとソフト開発会社の経営トップを取材し、その年の成果と課題、そして次の年に向けての戦略キーワードを紹介してきた。過去を振り返れば、同じ企業・人物でも、時代の移り変わりに合わせて、言葉が変化していることがわかる。リーマン・ショックの痛手を経て徐々に復活してきた2010年から2012年までの3年間、SI業界をけん引する5社のトップはどのような言葉を選んだのか。その歴史を振り返る。
NTTデータ
山下徹社長
2007年にトップに就任した山下徹社長の直近3年のキーワードは一貫している。背骨になっているのは、「世界市場への挑戦」だ。NTTデータは、国内で年商1兆円を超える唯一のSIerで、2位以下を大きく引き離している。停滞した国内市場では大幅な成長は望めないとみて、次の成長基盤を確実に海外で築こうとしている。
11年と12年は世界(グローバル)という言葉をそのまま使っており、10年はエンジン全開とした。この言葉の意味は、リーマン・ショックからの復活傾向にある国内需要を取りこぼさないようにすることと、海外で一気に攻めるということ。山下社長は、既存の事業基盤を地道に強化しながらも、伸びしろが大きい海外マーケットでは大胆なM&Aも断行した。
11年の方向性として、山下社長は「顧客であるユーザー企業は、果敢に海外市場攻略にチャレンジしており、グローバルでサポートできるSIerを求めている。当社は、この地球上、顧客がどこでビジネスを展開しようとも、迅速なIT支援を可能にするグローバルデリバリー体制をよりいっそう強化する」と断言し、世界展開に拍車をかけるという強い意気込みを示した。また、12年については、「多少拙速気味でも、勢いよく前へ進むことがグローバルビジネスでは大切」と語った。
これほどに強い意気込みを海外市場に示し、それを行動に移す経営者は、SI業界に見当たらない。その姿勢が、これまでのキーワードに滲み出ている。
大塚商会
大塚裕司社長
2001年に社長に就任して丸10年を迎えた大塚裕司社長は、この間、コメントの内容をほとんど変えていない。大塚商会が目指す姿は、2012年のキーワードである「街の電器屋さん」だ。「全国のユーザー企業・団体に対し、親身に接して困りごとを解決する」のが大塚社長が描く理想像で、そのことが、語る言葉に反映されている。「オフィスでITを元気にする」「原点回帰」という言葉の裏には、「街の電器屋さんになる」という意味が込められている。
大塚社長が感じたこの3年間のIT市場の景況感を振り返ると、リーマン・ショックでどん底を味わった08年を経て、引き続き厳しい環境であることを感じていた09年。転機は10年に訪れ、「潮目が変わった」「最悪期は脱した」と話し、回復傾向にあることを公言していた。そして、11年は「急ブレーキ」の年。大塚社長は、昨年末に「11年当初は、08年のリーマン・ショック以降の不況を完全に脱する年とみていた。しかし、東日本大震災と欧州の金融危機、タイの水害で状況は一変し、急ブレーキがかかった」と振り返っている。
12年の景況感について、不安も期待も明確には口にしていないが、西暦2000年問題(Y2K)で導入されたパソコンとサーバーの更新需要や、IPv4アドレスの枯渇による新規ネットワークの構築需要があるとして、それほど悲観的には捉えていない様子だ。大塚社長が「急ブレーキ」と表現した11年でも、同社は結果的に過去最高の売上高を記録している。今年度はそれを上回る見通しだ。
野村総合研究所
藤沼彰久 前社長
嶋本正社長
野村総合研究所(NRI)では、2010年4月1日付でトップが代わった。02年から丸8年の間、社長を務めた藤沼彰久氏は、代表取締役兼専務執行役員事業部門統括だった嶋本正氏を新トップに選んだ。示したキーワードは、10年の「新たな挑戦」が藤沼氏で、11年の「所有から利用へ」と、12年の「真のビジネスパートナー」が嶋本氏だ。
キーワードの変遷を読み取れば、停滞した市場から抜け出すための新たな挑戦、クラウドの台頭によるユーザー企業のマインドチェンジ、クラウドが普及した時に受託ソフト開発事業の売上高が減少することが考えられ、その時に目指す姿へと変化している。
NRIは、野村證券の情報システム子会社で、市場調査事業部門をもっている。年商は3263億2800万円(11年3月期)、SI業界で第2位。日本のSI業界では、かなり異色の存在である。野村證券という超優良顧客を抱え、金融機関向けシステム構築で圧倒的なブランド力をもつが、今後の成長に向けてどんな方針で臨むのか。嶋本社長は、その答えを想像させるコメントを表明している。「業種・業態に合わせた業界標準ビジネスプラットフォームづくりに力を入れており、得意業種の一つである証券業界では、ほぼデファクトスタンダードのポジションを獲得してきた」。証券業界に次ぐ、新たなユーザー企業の業種・業界向けのビジネスの成長を見通しているように思える。今年2月に味の素の情報システム子会社を完全子会社化した戦略に、その思惑が感じられる。
ITホールディングス
岡本晋社長
2008年にインテックとTISを傘下に収めて誕生したITホールディングス。岡本晋社長は、その当初からトップを務め、この「年頭所感」には毎年登場していただいている。岡本社長は、その年ごとの心情をキーワードとして選ぶ傾向が強い。
10年の「ステップ」は、ITホールディングス誕生後に、ソランを買収したことで企業規模が拡大し、成長の「第2ステージ」に入ったことを表した言葉だ。11年の「混沌からの脱却」は、受託型ソフト開発業が衰退し、一方でクラウドのニーズが高まるという状況を「混沌」と表現し、そこから一歩抜け出したいという思いを込めていた。「大手ITベンダーにぶら下がって注文をとったり、客先常駐でソフトの開発業務のみに従事したりというような従来型ビジネスの縮小は避けられない」と危機意識を示していた。そして、12年は社員の発奮を促す「底力の発揮」だ。
キーワードだけでは読み取れない岡本社長の考えは、(年商)規模の追求だ。ITホールディングスの年商は3231億7300万円(11年3月期)で、NTTデータ、野村総合研究所に次ぐ3位。岡本社長は「一番にならなければダメ。二番を目指すような心構えでは、恐らく二番手にすらなれない」と話し、トップの座を獲る姿勢を示している。中国を中心とする海外事業の売上拡大、そして国内でのSI・ソフト開発企業の買収には、年商規模を追求する意味が込められている。生き残るためには、規模の論理が必要と考えているのだ。
富士ソフト
白石晴久 前社長
坂下智保社長
独立系ソフト開発会社として年商1000億円を超える富士ソフト。2011年1月1日付で社長が代わり、10年と11年は白石晴久前社長が掲げたキーワードで、12年は坂下社長のものだ。開発者を多数抱え、技術力で成長してきた会社だけに、テクノロジー関連の話題を好む傾向がある。2010年こそ、市場環境が悪かったために、「サバイバル(生き残り)とリバイバル(復活)」という感情的な言葉を挙げているが、11年は「技術融合」とし、既存のテクノロジーとクラウドという新技術を組み合わせる必要性を語っている。坂下社長が12年のキーワードとして示したのは、技術的トレンドを表す三つの言葉だ。「クラウド、モバイルソリューション、そしてRT(ロボット・テクノロジー)」である。とくにRTは、富士ソフトからしか出なかったキーワードだ。
受託開発事業が中心だった富士ソフトは、現在は新技術を活用したソリューション事業への舵を切っていることがわかる。