一般的には、システムをゼロから開発するスクラッチ開発よりも、パッケージシステムを採用したほうが導入費用が安く上がるとされている。だから、「マイティア」ブランドの眼科薬で知られる千寿製薬も、営業支援システム(SFA)については疑うことなくパッケージシステムを利用してきた。そのSFAを10年ほど使ってきて、リプレースを検討することになる。次もパッケージシステムの採用が最有力だったが、コスト面と使い勝手のよさでスクラッチ開発に軍配が上がった。
【今回の事例内容】
<導入企業>千寿製薬眼科領域における医療用医薬品のパイオニア。一般用製品では「マイティア」ブランドの眼科薬を展開している。また、化粧品原料や動物用医薬品などの事業も手がけている
<決断した人>医薬マーケティング本部
業務推進部業務推進グループ
e-マーケティング推進担当
下梶勝昭 氏
<課題>パッケージのSFAを長年使ってきたが、カスタマイズ費用が高いという問題があった。また、運用コストも負担が大きかった
<対策>運用コストの最適化とシステムの柔軟性を求めて、パッケージのリプレースを検討。3社によるコンペを実施した
<効果>コンペを実施した結果、パッケージよりもスクラッチで開発したほうが安く済むことが判明した
<今回の事例から学ぶポイント>パッケージシステムは汎用性を重視するため、システム要件によっては、スクラッチ開発よりも導入コストが高くなる
問題は老朽化だけではない
一般用医薬品では「マイティア」ブランドの眼科薬で知られる千寿製薬だが、医療用医薬品も同社の主力ビジネスの一つ。現在では、眼科薬だけに限らず、同社のノウハウを聴覚・嗅覚・味覚・触覚の他の五感に生かすべく、耳鼻咽喉科領域をはじめ、新たな分野にも挑戦している。
医療用医薬品の分野では、MR(医薬情報担当者、Medical Representatives)が重要な役割を担う。MRは製薬企業の営業担当者であり、医療関係者に自社の医薬品に関する医療情報を提供する。また、医療関係者から得た情報を会社にフィードバックすることも重要な役割の一つである。そのため、MRの活動をサポートするSFAは必須のツールになる。
千寿製薬は、パッケージシステムの製薬業界向けSFAを10年以上も利用してきた。長らく使ってきたので老朽化していたということもあるが、社内でSFAのリプレースを提案した千寿製薬の下梶勝昭・医薬マーケティング本部業務推進部業務推進グループe-マーケティング推進担当は、「管理型のSFAで、本部の情報収集が主な目的だった。見える化ではなく、本部のための“見せる化”になっていた。本来なら現場で使いやすいものであるべき」と、現状に問題意識を抱いていた。
また、下梶氏には、SFAをMRの教育用として活用したいとの思いもあった。「製薬会社では“人”が大きな差異化要因の一つ。優秀なMRを育てるための仕組みをSFAに実装できれば、当社にとって最大の武器になる」。その第一歩として、情報の“見える化”が必要だと考えた。
コンペでスクラッチを選択
新SFAを検討するにあたって、下梶氏は当初、次もパッケージシステムを採用しようとしていた。「スクラッチで開発するよりも安くおさまると思っていた」からだ。ただ、コンペを実施するにあたって、千寿製薬の医師向けの会員サイトを手がけたSIerの鈴木商店にも声をかけた。鈴木商店はパッケージシステムをもっていないので、スクラッチ開発となる。パッケージシステムとの比較対象として有効だった。
コンペに参加したのは、鈴木商店を含む3社。1社は、これまで使っていたSFAの提供会社。最新のパッケージシステムを提案した。もう1社は、SFAの最小限の機能を基盤として提供するシステムを提案。その基盤上に必要なモジュールを載せるタイプで、パッケージシステムとスクラッチ開発の中間のイメージとなる。
新SFAを選定するにあたっては、公平に判断するために社内に検討チームを設置。各社のプレゼンやシステムの使い勝手、コストなどを総合評価した。コンペに勝ったのは、鈴木商店だった。「検討委員が使いやすいと評価した」(下梶氏)ことが決め手となった。しかも、コストが最も安かったのである。
スクラッチ開発という鈴木商店の提案で、開発に入る前に使い勝手を評価できたのはなぜか。それは鈴木商店がプロトタイプを作成していたからだ。事前のヒアリングだけで、短期間でプロトタイプを作成した鈴木商店の技術力も魅力だった。
では、スクラッチ開発でもSFAを安く構築できるのはなぜか。その要因を下梶氏は、次のように考えている。「以前のパッケージシステムもそうだったが、当社には不要な機能が多い。また、製薬業界という特定業界向けであるため、高めの設定となるのではないか」。
超スモールスタート
コンペを実施したのは、2014年2月。システム稼働までの工程表をつくったのは7月。以前のシステムが14年9月30日に契約切れとなることから、10月1日には新システムに切り替えなければならない。開発期間が限られるなかで、優先したのはMRの活動をサポートするための機能。そのほかは、後づけでもSFAとしては十分に機能すると考えたからである。このスモールスタートという方針の下、14年10月の本稼働にこぎつけた。
新SFAは、現場と一体となって仕様を決めていったこともあって、社内から不満の声はほとんど出なかった。「余計な機能がないから使いやすい。開発の過程で現場との一体感が生まれるという効果もあって、パッケージシステムにしなくて本当によかった」と下梶氏は評価している。また、スクラッチで開発しているので、「要望が反映されやすい」との評価を現場から得ている。
新SFAは、ずっと開発を続けていく予定。「最終ゴールはない」と下梶氏は、今後も現場の要望を反映していく方針だ。また、今後については、他システムとの連携によって「会社全体の見える化も実現したい」と考えている。(畔上文昭)