6月12日、情報サービス産業協会(JISA)の総会が開催され、横塚裕志氏(東京海上日動システムズ顧問)の新会長就任が承認された。大企業を中心にIT投資意欲が復調し、当面の売り上げ確保には不安のないSI業界だが、投資が一巡する東京五輪後、いかにして生き残るかは各社共通の課題となっている。2020年以降業界がどこへ向かうべきか、JISAは道筋を示せるのか。(日高彰)

第8代会長に就任した
横塚裕志氏 「従来型の開発案件が多く残っており、エンジニア不足の状況。一方で、世界的なデジタルビジネス革命の嵐が吹き始めている」──6月18日、正式就任後、初の記者説明会に臨んだ横塚新会長は、挨拶の冒頭で現在の事業環境についてこのような認識をもっていると説明した。
人手不足を嘆く声を聞かない日がないSI業界。つまり、仕事はある。しかし横塚会長は「今までと同じような仕事のやり方で、これからの日本の産業を支援していけるとは思わない」と指摘する。情報サービス産業は顧客企業の競争力を高めるために存在するものだが、顧客のビジネスの姿がデジタル技術によって大きく変わりつつある以上、従来と同じサービスしか提供できないSIerは生き残れないという見方だ。
横塚会長は「マネーそのものがデジタル化され、『“バンキング”(決済等のサービス)は必要だが、“バンク”(銀行の実体)は不要』というIoM(Internet of Money)の時代が来るのではないか。そういう危機感が強まっている」と話し、金融の世界では通貨が仮想化される未来像が議論されていると説明。自身の出身業界である保険業でも「自動車が自動運転されるようになったとき、自動車保険はどうなるか」といった問いがあるといい、デジタル技術の急速な進化・浸透があらゆるビジネスの姿を変革しつつあるなか、SI業界にはソフトウェアを活用して新しいビジネスモデルを構築する力がこれまで以上に求められるとの考えを示した。
情報漏えい、マイナンバーで課題が浮き彫りに
業界で今年度上半期の一大トピックとなっているのがマイナンバー制度だが、各方面で情報システムの対応の遅れが指摘されている。この問題は、マイナンバーの具体的な適用場面を定める省令の公開に時間がかかったことなど、法令整備の遅れに起因する部分も大きい。
これについて横塚会長は「省令が出た瞬間にサービスイン、というわけにはいかない」と述べ、政府もシステムの要件定義にかかる時間を十分見込んでスケジュールを組むべきだったと指摘。「エンジニア不足で開発が遅れているように書かれるのは不愉快。われわれの努力が足りなかったといえばそれまでだが……」と、メディアの報道姿勢に対する本音ものぞかせた。横塚会長は、マイナンバー対応では、いわば要件が固まらないまま開発をスタートしてしまっている部分もあるという認識を示しつつ、発注者側が何を実現したいかが明確でないままSIer側に責任が押しつけられる構造はなくしていかなければならないと強調した。
また、日本年金機構で発生した大規模な情報漏えい事件などを背景に、情報セキュリティへの関心が高まっていることについては「1社1社が勉強しても情報を守れる時代ではない。IT部門が整っていない中堅以下の企業に対しては、IT専門家のわれわれがアドバイスしていく体制が必要。政府も、企業のセキュリティについてできることを考えなければいけない段階ではないか」と話し、セキュリティ人材の拡充や、安心して使えるクラウド基盤の整備が急務であるとした。
業界ビジョン策定のプロジェクトを設置
JISAでは、今年度(2016年3月末まで)事業計画のメインに「ビジョン策定プロジェクト」を掲げる。正副会長を中心としたチームを設置し、市場動向調査、業界内外の有識者へのヒアリング、会員への意見募集などを行い、業界が進むべき方向を示すビジョンを策定する。
横塚会長は「原点に返り、情報サービス産業は何をする業界なのか、何を目指すのかをしっかり議論したい。情報サービス産業の未来を語り合いたい」と述べ、今後、JISAの活動を推進するにあたり、国内外の市場はどのように推移していくか、業界はどのような価値を提供していくべきか、まずは将来像を共有したいとの考えを披露した。
また、広報担当役員の原孝副会長(リンクレア取締役会長)からは、世の中におけるSI業界の存在感を向上させ、社会に対する訴求力を高めるため、JISAの情報発信力をアップさせていくとの方針が語られた。原副会長は「個々の会員企業をみると、すばらしい技術やサービスをもっている。理想的には、企業内にいる“人”をJISAブランド化できないかと考えている。テニスといえば錦織選手、サッカーといえばなでしこジャパンというように、スターが出るとその分野のすそ野が広がる」と述べ、組織のなかに埋もれがちな技術者にも光を当て、優秀な人材を業界のスターとして外部にアピールしていくことで、情報サービス産業のプレゼンス向上を図りたいとした。
「2020年以降の日本経済を見据えた手を打たなければならない」という意識はすでに業界内で十分浸透している。では、各社はどんな手を打つべきなのか。それを考えるためのたたき台づくりが、JISAの今年度の重要な仕事となっている。