「児童全員に一人1台の情報端末を」という政府指針が2011年に打ち出されたことで、タブレット端末やノートPCの導入が全国の小中学校に広がっている。導入は私学で先行していたが、いよいよ公立の学校でも、ICT教育のモデル校、推進校を中心に情報機器の利用が本格化しつつある。多摩市立愛和小学校は、iPad、Windowsタブレット、そしてChromebookと3種類のデバイスを並行して活用。そこには、予算の厳しい公立校ならではの事情も見え隠れする。
【今回の事例内容】
<導入機関>多摩市立愛和小学校多摩ニュータウン・愛宕地域にある公立小学校で、全校児童184名(2015年4月現在)の小規模校。13年10月に「一人1台iPad」を実現
<決断した人>校長
松田孝 氏
都内公立小学校教諭、狛江市教育委員会指導室長を経て、2013年度より多摩市立東愛宕小学校(現・愛和小学校)校長。教育委員会勤務時代より教育へのICT導入に積極的に取り組む
<課題>高学年児童の情報発信力を向上させたいと考えていたが、限られた予算内でノートPCを導入するのは難しかった
<対策>端末価格が安いChromebookと、教育向け無料クラウドサービスのGoogle Apps for Educationを、6年生の全17名および教員に導入
<効果>小学校でキーボードを使用した文字入力に親しむとともに、クラウドサービスを利用した資料の共同作成などを学ぶことができるようになった
<今回の事例から学ぶポイント>予算や導入時期の都合で、デバイスのOSを統一するのは難しいことも多い。マルチデバイス環境を前提とし、クラウドを積極活用することで、機種や使用場所を問わない学習を実現するとともに、将来のBYODにも対応できる
校長自ら端末を設定
多摩ニュータウンの団地に囲まれた多摩市立愛和小学校は、前身となる東愛宕小学校の時代には児童数1000名を超える大規模校だったこともあるが、現在は全体で180名あまり、1学級の学年も多い小規模校だ。多摩市のICT教育推進校に指定されており、13年10月には全校児童分のiPadを導入したことでも知られる。
「推進校」だから潤沢な予算が与えられ、公立小学校でありながらiPadを導入できたのかと思いきや、確かに校内無線LANなどのインフラ整備費は市が負担したものの、端末の導入費用までは面倒をみてもらえず、なんとか算段する必要があった。教育へのICT導入に絶対の必要性を感じていた松田孝校長は、iPadを提供してくれるスポンサー企業を探し回り、半年だけの期間限定で、iPad 100台の無償貸与の約束を取り付ける。キッティングを業者に依頼する費用がないため、ネットワーク設定やアプリのダウンロードなど、導入作業は校長自ら手作業で行った。全校生徒で半年間iPadを活用し、実証内容を積極的に外部へアピールしたことで、文教市場に取り組むIT企業からの関心も高まり、翌年度以降も継続してICT活用教育に取り組めるようになった。

6年生の授業でChromebookを活用大人顔負けのクラウド活用
iPadに続き、今年度からは6年生にChrome book(日本エイサー・CB3-111)を20台導入した。新たな情報端末の導入は、高学年児童の情報発信力向上が目的だが、機種選定の決め手となったのは価格だ。Chromebookならキーボード付きながら市販価格は3万円少々で、教育機関にはグーグルのクラウドサービスが無償で提供される。松田校長は、「とにかく公立学校はお金がないので、使えるものは何でも使う。機種のこだわりはない」と話す。一般に組織で情報端末を導入する際は、生産性や管理・運用のしやすさがポイントとなるが、無い袖は振れない以上、予算内に収まるもので選ぶしかない。幸いなことに、端末内に情報が残らないChromebookなら、セキュリティ事故のリスクは小さく、管理もクラウド経由で可能だ。
教育・報道関係者に公開された6年生の授業では、クラス全員でクラウド上のスプレッドシートを共有し、各自が学校周辺のお気に入りの場所の住所を書き込むという共同作業が行われていた。キーボードを使用した文字入力にはまだ慣れない児童もいて、作業には少々時間がかかっていたが、iPadを既に1年半以上使ってきた子供たちなので、ウェブブラウザの利用やコピー&ペーストなどの操作はおてのもの。全員がシートに住所の記入を終えると、グーグルマップ上に各自の名前とピンが表示され、作成されたマップは、自宅に持ち帰るiPadからも閲覧可能な状態になった。
まだ、Chromebookを使い始めたばかりなので、課された作業自体はシンプルなものだったが、組織の全員が情報端末を介してコラボレーションを行うという点では、大人よりも進んだクラウドサービスの活用法とみることもできる。
20年後にも役立つ力を教える
松田校長は、「子どもたちが社会で働く20年先を見たとき、何が必要となるのか。公教育は学習指導要領をしっかり推進することが使命と考えられているかもしれないが、指導要領の改訂は10年に一度」と指摘し、特定の製品や技術にとらわれることなく、調べる力、発表する力、共同作業をする力などを高めていくことが重要と話す。
愛和小学校では、Windowsタブレットも新たに導入し、今後iPad、Chromebook、Windowsの3プラットフォームを混在して使っていく。松田校長は個人的な見解と前置きしたうえで、「調達の負担を考えると、将来的には教育用の端末もBYODになっていくのではないか」と述べ、ウェブアプリケーションを使って、どんな端末でも同じ環境で授業が受けられるよう、公立学校こそクラウドの活用を積極的に推進していく必要があると訴える。来年度、愛和小学校は近隣学校との再統合を控えており、児童数は大きく増える。端末の工面には、これまで以上の苦労が予想されるが、松田校長は、「“稼げる公立学校”が出てきてもいいのではないか」と話し、民間を巻き込んだ連携の中で、ICT教育環境の充実を図っていく考えだ。(日高彰)