日本向けのオフショア開発を手がける中国のSIerが岐路に立たされている。日本のIT投資意欲が回復し仕事は増える一方、円安元高と人件費の高騰が続き、利益は大幅に悪化している。その対策の一つの動きが、より低コストな地方都市への移転だ。8月末、中国商務部主催で開催された「サービス貿易大会」では、厳しい状況下でも、対日事業に活路をみいだす地方政府と現地企業の取り組みが紹介された。(取材・文/日高彰)

日中韓、ASEANなどから400名が参加した「サービス貿易大会」開会式 中国東北部、吉林省省都の長春市で8月末、「第10回東北アジア博覧会 サービス貿易大会」が開催された。これは、中国東北部とその周辺国が参加する国際見本市「東北アジア博覧会」の併催イベントとして、中国商務部および吉林省人民政府が開催する会議で、IT産業を含むサービス業の経済交流促進を目的としている。
人件費やオフィス賃料の高騰、2年で約4割という急激な円安・人民元高など、日本市場を相手とする中国のIT産業には、逆風が吹き荒れており、対日事業から撤退する企業も現れている。
これに対し、現地SIerの間では、より低コストな地方都市への移転を検討する動きがある。今回のサービス貿易大会も、地方都市の長春で開催されるイベントとあって、IT産業の地方移転が主要な議題の一つとなっていた。
上流シフトなければ移転も元の木阿弥に
長春で対日オフショア開発を手がける長春斯納欧(Sunao)ソフトウエアの青井孝敏・高級顧問は、開発拠点としての地方都市の意義を「長春のような都市では、まだPG(プログラミング)工程を請け負う企業が中心。北京・上海・広州などと比較するとコスト競争力もある」と説明する。ただし、これはあくまで「現時点」の話だ。地方都市における事業コストも、経済成長につれて上昇し、収益性はいずれ悪化する。
青井高級顧問は、「中国においてもPG工程だけを受託するIT企業は、この先成長が見込めず、設計などのいわゆる『上流工程』を含んだ開発や独自のソリューションの提供などに事業をシフトしていく必要がある」と指摘する。一般にPG工程だけを受託するのに比べ、設計を含めワンストップで仕事を受けたほうが開発効率は上がるため、結局は発注側も上流工程から一括で外注するほうがコストを削減できる。斯納欧ソフトウエアでも、2013年時点で全事業の約2割に過ぎなかった上流工程およびソリューション事業を、2017年には7割まで引き上げるべく、“上流シフト”を進めているという。
広東外語外貿大学の国際サービスアウトソーシング研究院で院長を務める林吉双教授も、中国の対外受託産業は2次・3次請けの仕事が多い、データ入力やテストといった付加価値の小さい業務が多いといった性質を挙げ、受託側の価格決定力が乏しい点を最大の課題として挙げた。
林教授は、「ソフトウェア開発においては、開発の実作業にかかる時間よりも、顧客との意思疎通にかかる時間のほうが長いことが多い。他文化とのコミュニケーション能力は価格に影響を与える」と説明。中国東北部のIT企業は、日本語などの言語能力に長けた人材を活用し、コスト面で競争力があるうちに、サービスの付加価値を高めておくことが生き残り策の一つになるとの考えを示した。

(左から)長春斯納欧ソフトウエア 青井孝敏 高級顧問
広東外語外貿大学 林吉双 教授中国IT産業の景気は日本のSI業界にも影響
一方、“アベノミクス”効果やマイナンバー制度対応などで、ここ2年ほど活況を呈している日本のIT市場。開発リソースを補うため、中国のオフショア開発を活用するSIerは多いが、中国側が対日事業への意欲を失った場合、開発力不足から受注規模の縮小を強いられる可能性もある。
加えて、中国はもはや単なる外注先ではなく、ITの大きな市場でもある。組み込みソフトウェアの開発を手がけるTDIプロダクトソリューションの廣田豊社長は、「アウトソーシングだけでなく、一緒にビジネスをしたい。我々がつくったエンジンを使い、中国側で製品化してほしい」と発言。TDIグループでは、大連にオフショア開発拠点を有しているが、今後は中国市場のニーズを熟知した現地の電機・IT企業と組み、TDI側が技術を部品として提供し、それを製品やサービスとして展開してもらう形の協業を模索していく方針だ。
サービス貿易大会を運営した中国サービス貿易協会(商務部直属の外局)の仲沢宇・副秘書長は、「分業化・専門化は現代社会のニーズ。人間と同じで、企業にもそれぞれ優れている部分もあればそうでない部分もあり、すべてにおいて完璧になることはできない。とくにサービス貿易ではコミュニケーションが重要。日本は中国・韓国との3か国でパートナーシップを組み、ともに発展していくのがよい」と話すとともに、「技術革新は速く、先進的な技術もすぐに陳腐化が進む。技術を囲い込む保守的な姿勢は、(利益でなく)市場の縮小をもたらすのではないか」との見方を示し、日本のIT産業による積極的な技術交流・公開を求めた。
「地方移転によるコスト削減」「上流シフトによる生産性向上」といったお題目は、言うは易く行うは難しのものばかりだ。しかし、中国のSIerにとっては、まだIT投資意欲が高い日本企業は有望な顧客。また、中国では雇用確保のためIT産業の拡大が国家的な課題となっており、海外受注の維持・拡大は政府の意向でもある。
「対日オフショア開発で稼ぐ時代は終わった」という声も聞かれるが、中国の地方都市まで視野を広げてみると、対日案件に熱い視線を注ぐ経営者や政府関係者は、少なくない。中国の開発力をどのように生かすかは、人材の確保が難しい日本のSIerにとって依然重要な課題となっている。

(左から)TDIプロダクトソリューション 廣田豊 社長
中国サービス貿易協会 仲沢宇 副秘書長