走るエンジニア。フルマラソンの自己ベストが、2時間29分56秒だという。国際大会に出場できるタイムだ。もちろん、実業団の選手ではない。一般市民ランナー、しかもフルタイムでエンジニアとして働いている会社員である。どのような練習をしたら、そんなタイムを出せるのか。自己ベスト更新を目指す、ランナーのみなさんのためにアドバイスをいただいた。(取材・文/畔上文昭)
中学時代は駅伝で県代表に

JBアドバンスト・テクノロジー
先進技術研究所
新居田晃史さん
●フルマラソン自己ベスト:2時間29分56秒(2010年2月)
月間100キロでもサブ3は可能! ──市民ランナーの多くは、サブ4(フルマラソンで4時間切り)やサブ3を目標に頑張っています。とくに忙しい会社員は、トレーニングの時間が取れなくて、なかなか思うようにタイムを伸ばすことができません。それだけに、フルマラソンの自己ベストが2時間29分56秒というのは、なかなか受け入れがたい(笑)。やはり、陸上競技の経験をおもちなのですか。 子どもの頃から走るのは好きでしたね。駅伝大会などにも出ていました。中学では陸上部に入って、県代表として都道府県対抗駅伝に出たこともあります。
──やはり、エリートランナーだったんですね。 ただ、高校の陸上部はいろいろありまして、1年生の夏で辞めてしまいました。走るのが好きなので、自分でメニューをつくってトレーニングを続けていましたが、選手生活は高校1年の夏までです。
──部活を続けていれば、すごい選手になっていたかもしれなかったのに。ところで、初マラソンはいつ頃ですか。 就職する前に、記念として走ったのが最初です。高校を卒業してからはトレーニングをしていませんでしたし、フルマラソンの知識もなかったので、本当に痛い目にあいました。余裕で走れるだろうと思ったのが、30キロ過ぎにエネルギーが切れて、とにかくお腹が空いて走れない。タイムは、3時間16分くらい。3時間は切れると思っていたので、本当にショックでした。
──初マラソンで、しかも歩いたのにそのタイムはスゴ過ぎですよ。それがきっかけで、フルマラソンにハマったとか。 直後は二度と走らないと思いましたね。ところが、二週間もすると、どうしても3時間を切りたくなって、就職する前にもう1回だけ走ろうと。なんとか、サブ3を達成しました。目標を達成したし、就職してからは仕事が忙しいこともあって、走らなくなりましたね。
──あ、仕事について聞くのを忘れていました。 社会人になってから、ずっとオフコンでインフラ寄りのエンジニアをしていました。たまたま、社内で先進技術研究所を立ち上げるということで公募していたので、手を挙げて現在に至ります。先進技術研究所では、社内の悩みを解決するようなシステムを構築したり、先端技術を研究してシステム構築に生かしたりしています。最近ではセキュアなファイル共有を実現するアプリをつくったり、ネットワークにつながらない機器からデータを取得するというIoT関連のシステムをつくったりです。
──本当にエンジニアなんですね。マラソンを再開したきっかけは何ですか。 リーマン・ショックのときに残業が減りまして、ちょっと時間ができたんです。せっかくなので、マラソンを再開してみようかと。ただ、自分だけではトレーニング方法がわからないので、ソーシャルメディアでみつけたマラソンのチームに入ったんです。いろいろとトレーニング方法を教えてもらったこともあって、記録がグングンと伸びましたね。3時間を切って、ついに2時間30分も切ることができました。
トレーニングは距離より内容
──サブ3を達成するには、月間300キロとか、400キロは走る必要があるとかいうじゃないですか。2時間30分を切るとなると、月間でどれくらい走るんですか。 実は、そこをお伝えしたいんです。時間のある時は多く走っていましたが、今は月間でも150キロくらいです。社会人には、月間で400キロとか、ムリだと思うんです。
──えぇ!びっくりです。2時間30分を切るタイムでは、芸能界では猫ひろしさんが有名ですが、月間で1000キロだといわれています。実業団の選手もそうですよね。公務員ランナーで有名な川内優輝さんも、月間550キロと本人が語っています。それが月間150キロで2時間30分切り。本当ですか。 仕事が忙しくなったときに今のトレーニング方法を考えたんです。月間150キロ程度しか走れないとしたら、どのようなトレーニングにするべきか。いきなりはメニューをつくれないので、それまでのトレーニングから効果が期待できないものを削っていきました。直近でも、今年2月の愛媛マラソンでは、2時間36分48秒で完走しました。月間150キロ程度でも、ある程度の記録は出せるんですよ。
──いやいや、実力があるからでしょ。ほとんどの人が同じようにはいかないと思います。 会社のマラソン仲間で、月間100キロほどでサブ3を達成した人もいますよ。その人の初マラソンは3時間40分ほどです。もちろん、個人差もあるでしょうが、トレーニングは内容が大事ということです。私の場合、トレーニングは週に2~3回です。トレーニングをしたら、2日は空けるようにしています。“超回復”といって、2日空けると筋肉が回復するので、次のトレーニングに疲れを引きずらないので効果的なんです。
──確かに、ただ距離を走ればトレーニングをした気になりがちです。私は初マラソンが3時間35分ほどで、月間200キロほど走っていますが、サブ3を達成できないのはトレーニングの内容が悪いということですね。トレーニング内容をシンプルに整理して、結果を出す。エンジニアの経験が生きているのではないですか。 えぇ、まあ(苦笑)。それはともかく、ITを駆使すればマラソンのタイムは速くなると思います。例えば、トレーニング内容を記録できるランナー向けのソーシャルメディアがありますから、それを活用してトレーニングのメニューを考えるといったことも有効だと思います。ただ、考え過ぎはダメなんです。余計なエネルギーを使いますから。フルマラソンのときも、何も考えないようにしています。
──マラソン中は苦しいので余計なことばかり考えていましたが、エネルギーロスの一因になっていたのですね。知りませんでした。 それから、日常生活でも意識をしていれば、トレーニングになるんですよ。例えば、階段を上がるときにハムストリング(太もも裏の筋肉)を使うように意識したり、ちょっと重心を前にしたり。歩くとき、椅子から立つとき。ふだんからやっていると、何も意識しなくてもできるようになります。
──最後にこれから走る人にアドバイスをお願いします。 走る魅力を知っていただきたい。走ることの魅力は、やはり達成感ですよね。それから、小さなことですが、ごはんがおいしくなります。何を食べても、おいしさが違う。シューズがあれば、どこでも走ることができる手軽なスポーツですから、仲間をみつけて楽しく走ることをおススメします。
新居田晃史さんの練習メニュー(1回分)
ウォーミングアップ・軽く走る(2km)
・屈伸運動などの体操
・流しラン(150m×3本)で動きの確認、フォームチェック
本練習・ビルドアップ走(段階的にスピードアップ)12km(3分40秒/km→3分30秒/km→ 3分20秒/km)
・ペース走12km
(フルマラソンの目標タイムのペース)
クールダウン・軽く走る(1~2km)
※上記は主に冬場のトレーニング。週2~3回実施。夏場は暑いため、本練習では短距離のインターバルトレーニングなどに変えることもある。ただし、夏場に持久力をつけたほうがいいため、トレイルランなども取り入れている。