No.1クラウドベンダー宣言は実現可能か──。米オラクルが、10月25日から29日までの5日間、米サンフランシスコで開いた年次イベント「Oracle Open World 2015(OOW)」では、クラウドへのフォーカスをさらに強めることを感じさせるメッセージが目立った。IT産業の歴史をつくってきた大手ベンダーの創業者がさまざまな理由で経営の一線を退いていくなか、ラリー・エリソン会長兼CTOは、70歳を越えてなお、クラウド時代の覇者となるべく野心を燃やし続けている。(本多和幸)
今期にはSaaS+PaaSでSFDCを越える

ラリー・エリソン
会長兼CTO 例年どおり、開幕日の夕方と3日目の午後の2回、基調講演に登場したエリソン会長は、昨年のOOWで宣言した「No.1クラウドベンダーになる」というメッセージを相当意識していたのだろうか、クラウドへのシフトをほぼ完成の域に近づけたといわんばかりに、強気の発言を繰り返した。
「SaaSベンダーとしては、すでにセールスフォース・ドットコム(SFDC)に次ぎ、世界2位のビジネス規模を誇る」。これは最近、オラクルが自社のクラウドビジネスについて語るときの常套句になっている表現だが、エリソン会長は、近くSFDCすら抜き去り、クラウドビジネスのトップランナーになることができるとの見込みを示した。「CRMこそSFDCに次ぐシェア2位だが、クラウドERPの顧客数は1300社で、まもなく2000社に達するだろう。(米国市場を中心に急成長している)競合のワークデイのユーザーは120社程度に過ぎないし、(ワークデイがとくに強い)HCMも当社が上。大企業・中堅企業向けクラウドERPでは、市場のリーダーになっている。2015年度(2015年5月期)第4四半期はSaaSとPaaSを合わせて4億2600万ドルの売上高を記録した。現会計年度の計画をみると、SFDCはSaaSとPaaSの合計で売上高は10億ドルの見込みだが、オラクルは15億ドルを超える」。
さらにエリソン会長は、「IBMやSAPはすばらしい企業だったが、クラウドの世界ではまるで存在感がない。もはや彼らは私にとってどうでもいい存在になってしまった」と、これまでしのぎを削ってきた競合ベンダーをひと言攻撃してみせるのも忘れない。一方で、IBMやSAPと同様、これまで競合してきた大手ベンダーであるマイクロソフトについては、「IaaS、PaaS、SaaSのすべてのレイヤで競合している唯一のベンダー」と、クラウドビジネスでも変わらずライバルであると位置づけた。オラクルは大企業・中堅企業中心、マイクロソフトは中堅・SMBも含めてより幅広くカバーしているという顧客層の違いこそあるものの、両者とも、オンプレミスの既存資産を生かすことができるかたちで、ユーザーにクラウドの活用を促していくという基本方針は共通だ。
基調講演では、こうした自信を裏付けるSaaSの新たな製品ラインアップとして、生産管理など製造業向けの機能を付加した「Oracle SCM(Supply Chain Management) Cloud」の最新版や、Eコマースソリューションの「E-Commerce in the CX Cloud」を発表した。とくに前者については、「基幹系のアプリケーションで、包括的な製造向けのアプリケーションまでをクラウドで網羅できているのはオラクルだけ」(エリソン会長)と、SaaSベンダーとしての強みを象徴する商材であることをうかがわせた。
クラウドで勝つための六つの設計目標
エリソン会長は今回、オラクルがクラウド市場で勝ち残るための基本方針も示した。それが、「コスト」「信頼性」「性能」「業界標準」「互換性」「セキュリティ」という六つの設計目標(Design Goals)だ。
コストについては、「導入コストをAWS(Amazon Web Services)と同等以下の水準にするほか、自動化を進め、運用面も含めてTCOの大幅な削減を実現する」という。この一環として、物理サーバー専有型のクラウドサービスをAWSのサーバー共用型サービスの半額で、アーカイブストレージをAWSの10分の1の価格で提供すると発表した。また、障害が発生しても、システム全体は正常に稼働し続けるフォルトトレラントな設計によりダウンタイムゼロのクラウドを実現し、信頼性を確保するほか、インメモリ技術やデータベース(DB)マシン「Exadata」をクラウドのインフラやプラットフォームに活用して「価格性能比で業界最高水準を目指す」とした。
SFDCを追い抜くという意味では、業界標準と互換性が最大のキーになる。エリソン会長は、「業界のスタンダードであることは、クラウド黎明期には考えなくてもよかった。しかし、ユーザーのアプリケーションやデータにはすでにたくさんの投資がされている。その価値を守ってほしいというのがユーザーのニーズ。オラクルは、業界標準の技術をサポートし、ロックインを排したオープンなプラットフォームを提供するとともに、オンプレミスとクラウドの互換性を確保している。これに対してセールスフォースのプラットフォームはプロプライエタリだし、ワークデイはプラットフォームすらもっていない」と、オラクルの強みを説明した。OOW期間中には、こうした方針に沿ったプラットフォーム商材として、「Oracle Application Builder Cloud Service」も発表している。SaaSを簡単に拡張できるツールだという。
六つの設計目標のなかで、エリソン会長が「最も大事」と位置づけたセキュリティについては、「できるだけスタックの下のレイヤに落とし込まなければならない」と主張し、これを実現する製品として、メモリ内のデータへのアクセスをリアルタイムにチェックする機能や、パフォーマンスを低下させずにハードウェアの処理を暗号化する機能などを盛り込んだプロセッサ「SPARC M7」を発表した。2回目の基調講演の大半の時間を、このM7の説明に費やすという力の入れようだった。エリソン会長は、「シリコン上で動いているものすべてが常時セキュリティ機能を利用することができる。ハッカーもソフトウェアは変えられてもシリコンを変えることは不可能だ」と自賛し、これこそがクラウド時代に必要なセキュリティの機能だと強く訴えた。ただし、スケールが重要になるパブリッククラウドでは、オラクル自身のサービスでさえ、すべてのインフラにM7チップ搭載のハードウェアを採用するのは、コスト面から考えても現実的ではないだろう。この点については、「すべてのインフラにM7が搭載されていなくても、攻撃を検知する装置としてM7を部分的に配置するだけで効果がある」と説明した。
気になるのは、日本市場でのクラウドビジネスの展開。年内の稼働が予定されていたPaaSのための国内データセンター(DC)整備は、若干遅れている模様だ。マイクロソフトのAzureをみても、国内DCが稼働しなければ、クラウドビジネスの本格的な成長は望むべくもないのは明らか。OOWで発表されたオラクルのクラウド戦略が、日本市場でどんなタイミングでどのように実行されるのか、日本オラクルの杉原博茂社長が打ち出す施策にも要注目だ。