「FinTechなんてメディアが騒ぎ立てているだけ」と、金融系に強い中堅SIerの経営トップは冷ややかな目を向ける。金融IT市場の新たなトレンドとして注目されるFinTechだが、SIerの多くはすぐに事業の柱になるとは考えていない。しかし、無視できない存在であることも確か。SIerに求められるのは、FinTechとの絶妙な距離感だ。(畔上文昭)
金融IT市場はプラス成長

IDC Japan
ITスペンディンググループ
市村 仁氏 3000億円超のIT投資とされる巨大プロジェクト、みずほ銀行の次期勘定系システムが、2016年末に開発完了を予定している。ピーク時には約8000人のエンジニアがかかわったともいわれ、IT業界における人材不足の一因とされている。17年以降、エンジニアが余るとの見方があるのは、そのためだ。
金融系に強いSIerが、ITを活用した新しい金融関連サービスを意味するFinTechに注目しているのも、新たな市場を期待してのこと。しかし、SIerがFinTechに取り組むのかといえば、必ずしもそうではない。金融IT市場は、小幅ながらプラス成長の見込みがあることと、金融機関のFinTechへのIT支出が小さいことが挙げられるからだ。
調査会社のIDC Japanによると、16年の国内金融IT市場は2兆407億円で、前年比成長率は0.6%のプラス成長を予測。また、14年~19年の期間での年平均成長率は1.6%とみていて、緩やかながら堅実に成長すると予測している(グラフ1を参照)。銀行業界では、みずほ銀行の反動があるものの、保険業界と証券業界のIT投資が堅調に拡大するという。17年以降は銀行業界を含む、金融業全体で堅調な拡大を見込むとしている。金融機関のIT支出は、勘定系システムが7割以上を占める。これらは従来型のシステム開発案件であり、冒頭で紹介したSIerトップがFinTechブームに冷ややかな目を向ける理由となっている。従来型の案件がなくなることはなく、今後も堅調に推移するとみているというわけだ。
勘定系以外の動向について、IDC Japanの市村仁氏は「銀行のIT支出の成長分野は顧客管理系システム。メガバンクなどの大手銀行に加えて、地域金融機関でも積極的なIT支出が見込まれる」と語る。顧客管理系システムとは、顧客管理や営業支援などを担うシステムである。
一方、FinTechに対する金融機関のIT支出については、「まだ検証段階。API連携程度で、IT支出全体への影響度は小さい」(市村氏)とのことである。SIerがFinTechに注目するも事業として期待しないのは、市場規模が未知数との判断があるためだ。とはいえ、ビットコインがきっかけで注目されている「ブロックチェーン」のような新しいテクノロジーは、金融機関で導入される可能性もあるため、SIerもキャッチアップしておく必要がある。
仲介役としてのSIer
FinTech分野は、ITを活用した新しい金融関連サービスと定義されることから、表2のようなスタートアップ企業が名を連ねる(表1を参照)。なかには決済や融資など、金融機関の競合となるサービスがあるため、既存の金融機関にとっては脅威となる可能性もある。しかし、市村氏によると「既存の金融機関は、FinTechスタートアップ企業を脅威というより、新しいビジネスをもたらす機会と認識している」という。実際、メガバンクやカード会社を中心に、FinTechスタートアップ企業との連携や支援の動きが活発化してきている。
FinTechへの注目が高まる一方で、課題となるのが金融機関とFinTechスタートアップ企業との企業文化の違いである。とくにセキュリティに対する考え方や意思決定のスピード、ビジネスモデルなど、互いに受け入れ難い部分が必ず出てくる。そこで期待されるのが、SIerが仲介役として機能することである。
金融系に強いSIerは、システム開発を通じて金融機関とのつながりがあり、信頼を獲得している。そうしたSIerが、金融機関とFinTechスタートアップ企業をつなぐ仲介役として期待されているのである。金融機関は実績のあるSIerを介することでリスクを回避でき、FinTechスタートアップ企業も金融機関との関係を築きやすくなる。SIerは、仲介したサービスを双方向で活用するための開発案件を獲得するという構図である。
こうしたビジネスマッチングにおいては、日本IBMや富士通、NTTデータなどがすばやい動きをみせており、その他の大手SIerも追随し始めている。大手SIerや大手ITベンダーにとっては、まだ収益の柱として期待できる段階ではないが、FinTechスタートアップ企業が確実に成長し、影響力を増してきていることから、今後もこうしたビジネスマッチングの動きは加速していくことになりそうだ。
注目は金融業から製造業へシフト
金融業でFinTechへの注目が高まる一方で、製造業ではインダストリー4.0が大きな話題となっている。インダストリー4.0では、IoTやAI(人工知能)という注目キーワードが出てくることから、SIerも大きな関心を寄せている。
『週刊BCN』が大手SIerの経営トップを対象に実施したアンケートによると、16年に活発になりそうな産業として、製造業がトップに立った。インダストリー4.0の盛り上がりが少なからず影響しているものと考えられる。