ソニーのPC事業がスピンオフして生まれた「VAIO株式会社」が、今年度(2016年5月期)で営業黒字転換を達成する見込みだ。業績回復の原動力となっているのが、法人市場でのPC販売の拡大だ。この春にはWindows 10 Mobile搭載スマートフォンを発売したほか、IoT向けのEMS(受託生産)事業もさらに拡大するなど、同社におけるB2B領域の重要性は今後さらに高まりそうだ。(日高 彰)
技術営業部の新設が奏功
大手メーカー各社がPC事業の採算性改善に苦しむなか、ソニーからPC事業を切り離す形で2014年7月に設立されたVAIOの業績が好転している。この5月末で2期目の会計年度を終えるが、前期20億円弱の赤字だった営業利益(損失)の数字が、今期は黒字に転換するのが確実になった。
売り上げ、利益を押し上げる原動力となったのが、法人向けPC販売の急拡大だ。初年度はほとんどが一般コンシューマ向けだったという同社のPCだが、直近では全台数の約3分の1が法人向けの販売になっているという。VAIOは独立当初、ソニーマーケティングの販売体制に全面的に依存していたが、昨年6月に社長に就任した大田義実氏はこの体制をあらため、社内に自前の技術営業組織を設置。法人顧客に対し、製品開発を担当した技術者が販社に同行して特徴を説明し、市場のニーズをくみ取っていくようにしたことで、法人向けの販売が目にみえて上向くようになった。
ソニー時代には“販売台数を稼ぐ”ためのローエンド機種が用意されたこともあるVAIOだが、大田社長は「全社一括導入といった需要は最初からねらっていない」と断言し、あくまで薄型軽量かつ高性能というVAIOの優位性が生きる市場をターゲットとしていく。具体的には、コンテンツ制作やデザインなど、PCに高い性能が求められる業務が挙げられる。そのようなアプリケーションに耐えられるPCは分厚く重い製品が主流だったが、モバイル環境でも業務を行いたいというニーズが拡大し、ハイエンドモデルの「VAIO Z」が指名買いされるケースが増えているという。

大田義実社長。
VAIOとの縁ができるずっと前から、家族
でVAIOを使っていたという また、厳しい耐久性試験を行っていることをアピールした「VAIO S13」が、薄型軽量ながら丈夫なノートPCとして、外出の多い社員の一般業務用として販売を伸ばしており、VAIO全機種のなかで最も販売台数の大きいモデルになっているという。「情報システム担当者や、中小企業の経営者のなかにも、デザインの美しいハイスペックなPCとしてVAIOを知る人は多い。さらに今ではこれだけ丈夫になっているとご説明すると、値段は少々高いが決めていただけることは多い」(大田社長)といい、大量導入には向かなくても、「従業員の生産性を向上させるためにいいPCがほしい」というニーズにマッチする製品になっているようだ。
同社でも高級機のVAIO Z以外は海外の工場に製造を委託しているが、それらの機種も全台数について本社のある長野県・安曇野工場で一度開梱し、OSなどのインストールと動作試験を行って出荷している。ソニー時代には海外で最終製品となって直接出荷される機種もあったが、販売店からは「現在のVAIOになって明らかに不良率が減った」という評価を得ているという。また、国内でソフトウェアを書き込んでいるため、企業固有の設定を行ってから出荷するといったキッティング対応も可能だという。

一番売れている「VAIO S13」。可搬性や耐久性に加え、
キーボードの打鍵音が小さいのも好評
社長自ら「Biz」と名付ける
今年、PCに次ぐ商品カテゴリとして新たにスマートフォン市場に参入。Windows 10 Mobileを搭載した「VAIO Phone Biz」を4月に発売した。ビジネス用スマートフォンということを明確化するため、商品名に「Biz」を入れるよう大田社長自ら指示を出したといい、ねらい通り法人からの問い合わせが殺到しているという。
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「VAIO Phone Biz」はNTTドコモの法人営業部隊も販売する。日本マイクロソフトも、
Windowsアプリやクラウドの拡販を強化できるツールとして期待を寄せる
ノートPCが部門単位や中小企業向けに主に売れているのに対し、スマートフォンは大企業からの引き合いが中心。「スマートフォンを業務に導入したいが、Androidはセキュリティが不安」という企業から、すでに利用しているWindowsベースの業務インフラや、マイクロソフトのクラウドサービスとの相性がいい端末として期待が寄せられている。他のメーカーからもWindowsスマートフォンは発売されているが、大容量メモリを搭載し将来の利用にも不安がない点や、NTTドコモのネットワークとの接続性試験をパスしており「確実につながる」安心感などが選ばれる理由になるという。
VAIO Phone Bizは、VAIOとしては初めてソニーマーケティングを一次店として介さない製品となるが、NTTドコモの法人営業部隊が回線とセットで企業向けの提案を図るほか、モバイル機器の法人導入で日本マイクロソフトと戦略提携するダイワボウ情報システムが中堅・中小企業向けの販売を行う。PCとは商品の性質が異なるスマートフォンは、まだ誰もが売れる商材にはなっていないため、VAIOでは地方を含め販売店向けの勉強会や検証機の提供などを積極的に行っている。PCを販売するリセラーが、顧客にスマートフォンも追加で提案できるよう支援を強化していく。
EMSが屋台骨の一つに
新規ビジネスとして大きく成長しているのが、ソニーが得意とした“軽薄短小”のものづくり技術を引き継いだEMS事業だ。富士ソフトの開発したロボット「Palmi」の量産を受託するなど、高度なエレクトロニクス製品の製造を安曇野工場で請け負っている。
工場の稼働率を高めるための事業か、と大田社長にたずねると「私は製造業の出身ではないので、工場を動かすことが目的で、ものをつくるという発想はそもそもない」との答え。実際には、すでにEMS用のラインはフル稼働中で、新規の受注に対応するために体制の拡充も行っているなど、早くも会社を支える主力事業に成長しつつある。
IoT向けのデバイスを開発するスタートアップ企業などが増えているが、量産製品をつくった経験のない企業の場合、効率的に製造するための設計ノウハウをもたないために、試作に成功しても量産化でつまずくケースが多いという。そこでVAIOでは、設計図通りに製品を量産するだけではなく、コストや生産効率を高めるアドバイスを設計段階から行っている。安曇野工場にはソニーのロボット「AIBO」を手がけた技術者もおり、高度なコンサルティングを行えるEMSとして、FA機器など他分野からも依頼が相次いでいるという。
大田社長は、VAIOの成長戦略として、EMSなどの新規事業をさらに伸ばし、2017年度には従来のPC事業と同規模まで売り上げを拡大する方針を掲げている。IoT需要などでEMS事業はさらに拡大する見込みで、目標は現実的にも十分達成可能な範囲になってきたといえるだろう。