技術者派遣のフォーラムエンジニアリング(大久保泉代表取締役)は、コグニティブ(認知)コンピューティング「IBM Watson」を採用した。国内におけるWatsonファーストユーザーの1社であり、技術者派遣では最も早い採用となる。実装にあたっては、Watsonの国内マスターディストリビュータのソフトバンク、開発元の日本IBM、SIerのクレスコの3社がフォーラムエンジニアリングに協力。Watsonが技術者派遣のビジネスにどのように活用されているのかレポートする。
【今回の事例内容】

<導入企業>フォーラムエンジニアリングフォーラムエンジニアリングは、4800人余りの技術者を抱える派遣会社である。電機・電子や自動車、機械などの業種顧客に向けて、設計・開発、実験・評価、生産技術、品質管理といった技術者を派遣している
<決断した人>竹内政博 取締役
IBM Watson導入プロジェクトの陣頭指揮を執った
<課題>顧客の事業所が地方に点在し、営業効率が頭打ちになる課題を抱えていた
<対策>IBM Watsonに「営業」の第一線に立ってもらうことで、営業効率を向上
<効果>「行かない、会わない、話さない」の営業3方針の最後に残った「話さない」の課題解決に道筋をつけた
<今回の事例から学ぶポイント>同社の大胆な営業戦略に、コグニティブ・コンピューティングを適用。同業他社に先駆けてデジタル・トランスフォーメーションを実践する
「行かない、会わない、話さない」
フォーラムエンジニアリングがIBM Watsonに着目した背景には、同社の営業戦略と密接な関係がある。技術者の派遣先は工場などの事業所が多く、こうした事業所は地方に点在している。一方で、優秀な技術者を多く募るには都市部が効率的であり、フォーラムエンジニアリングの営業やコーディネータは都市部と地方を行ったり来たりしなければならない。これでは効率が上がらないため、同社が打ち出した方針が「行かない、会わない、話さない」の“三ない営業”だ。
同社では2014年、顧客にタブレット端末を貸し出し、顧客とのビデオ会議などを通じて技術者とのマッチングをスタート。これによって「行かない、会わない」にめどをつけ、最後の仕上げである「話さない」を達成するためにWatsonを導入した。
「行かない、会わない、話さない」というと、顧客をなおざりにしているかのような間違った印象を与えてしまうかもしれないが、実はITを活用することで「顧客との接点はより大きく、活発になった」と、フォーラムエンジニアリングの竹内政博取締役は話す。技術者派遣で最も力量を問われるところは、技術者と顧客のマッチングである。顧客が求めるスキルと技術者が自分のキャリアパスを照らし合わせて、両者がマッチすることでビジネスが成り立つ。このためには少しでも顧客と技術者の接点を大きくし、情報量を多くすることが非常に有効に働くというわけだ。
今年4月にWatsonを本稼働させたとはいえ、現段階では営業支援ツールとして、まずは社内で活用している段階。実際に使ってみて、Watsonに仕事を「覚えて」もらってから、早ければ2018年4月に「営業マン」として、実際に「客先に出て」営業してもらう予定である。「この『新人研修』が順調にいけば、前倒しで営業を実践してもらうことも検討中」(竹内取締役)と話している。
「打席に立つ回数」を増やせ

クレスコ
根元浩幸社長 「話さない」の実践のためには、AI(人工知能)による自然言語処理が欠かせないため、Watsonのディストリビューションを発表したソフトバンクに相談したところ、Watsonの日本語対応の開発と並行して、フォーラムエンジニアリングへの納入を快諾。Watsonの日本語版は今年2月に発表されており、同社は国内ファーストユーザーの1社となる。
実装に関しては、これまでフォーラムエンジニアリングの基幹業務システムの構築を担ってきたSIerのクレスコが請け負った。クレスコにとってもWatsonの実装は初めての経験だったが、日本IBMやソフトバンクと連携しつつ、「顧客のニーズを先回りした技術習得」(クレスコの根元浩幸社長)に努めることで、今回のWatson案件の受注に成功している。
技術者派遣は大手顧客に自社の技術者を1人でも多く派遣する「客内シェア拡大型」と、1社でも多くの顧客に多くの技術者を派遣する「市場シェア拡大型」の大きく2種類ある。前者のほうが営業効率は高いが、一方で特定顧客への依存度が高まり、価格交渉で弱い立場に立たされるリスクを抱える。後者は端的に営業リソースが分散してしまい営業効率が落ちやすくなる。フォーラムエンジニアリングは後者のスタイルを選択したうえで、Watsonをはじめとする最先端のITの活用、「行かない、会わない、話さない」の実践によって営業効率を高め、市場シェアを拡大させる戦略だ。
顧客の要望と技術者スキルのマッチングについても、フォーラムエンジニアリングをはじめ大手技術者派遣各社は、すぐれた分析ツールを駆使し、優秀なコーディネータによって、大手同士のマッチング率はほぼ高止まりの状態。「打率」がほぼ同じならば、「打席に立つ回数を増やすのが効果的」(竹内取締役)とみている。とはいうものの、打席=より多くの顧客と、より多くの商談回数をこなすには、人力では限界がある。
そこで、自然言語処理に長け、さまざまな分析ツールからデータを読み取って的確な答えを導き出すWatsonの出番というわけだ。Watsonなら場所や時間の制約も関係なく、疲れることもない。顧客は好きなとき、好きなだけWatsonを呼び出し、フォーラムエンジニアリングが抱える4800人余りの優秀な技術者のなかから、必要とする技術者をみつけることができるようになるのだ。(安藤章司)