IT業界に限らず、女性のキャリア形成において、出産、子育てをどう乗り切るかはいまだに大きな課題となっている。ERP開発や新しいクラウド業務ソフト事業の立ち上げなど、富士通グループで基幹系ソフトのビジネスに長年携わり、エンタープライズITの本流でキャリアを積んできた和田幸子さんは、自らが子育て中に感じた課題とニーズをもとに「家事代行のシェアリングエコノミーサービス」を着想し、起業した。エンタープライズITの世界からは離れたものの、IT業界を含め、働く人の普遍的な課題の一つを解決するサービスを提供しているという自負がある。起業に至る経緯やこれからのビジョン、後輩の“IT女子”へのメッセージをうかがった。(取材・構成/本多和幸、写真/川嶋久人)

1975年生まれ。横浜国立大学経営学部を卒業後、99年、富士通に入社。エンジニアとしてERP製品の開発に携わる。05年、企業派遣制度を利用して慶應義塾大学大学院でMBAを取得。09年からは、ERP製品のウェブマーケティングを担当。10年10月に富士通マーケティングに出向し、クラウド会計・人事給与ソフトの事業立ち上げプロジェクトリーダーを務める。13年11月、ブランニュウスタイルを設立。共働き家庭の新しいライフタイル実現を目指し、家事代行マッチングサービス「タスカジ」を立ち上げる。
家事代行の個人間契約プラットフォームを立ち上げ
──クラウド業務ソフトの取材などでBCNにもご登場いただいたことのある和田さんが、家事代行サービスで起業されたと聞いたときは驚きました。仮に起業されるとしても、クラウド会計のようなビジネスだと思っていました。 和田 確かに(笑)。過去の自分が、2016年にはこんなことをやっていると知ったらびっくりするでしょうね。
──やはり相当大きなきっかけがあって起業されたのでしょうか。 和田 サラリーマン時代、子どもが生まれて育休から復帰した後に課題が出てきました。夫は非常に協力的で、週の半分くらいは子どもの面倒をみてくれたので、私は平日の夜に残業もできたんです。ただ、二人とも仕事が好きだったということもあって、家事までなかなか時間がまわらなかったんですね。そういう状況が4年くらい続いて、しんどくなってしまいました。それで、家事のアウトソーシングも考えようということになったんです。
でも、既存の家事代行サービスってすごく高くて、普通のサラリーマンが日常的に活用するには抵抗がある価格設定だと感じました。そんなある日、日本にいる外国人の間ではフィリピン人のハウスキーパーさんに家事をお願いすることが多いという話を聞きました。個人間契約なので業者にお願いするよりもずっと安くやってくれるし、人材も豊富、仕事を受ける側も手数料などを引かれないのでWinーWinの関係だと。それで私もお願いしてみたら、すごくよかったんです。費用対効果が納得できたというか。
ただ、実は個人間契約で大変な思いもしたので、友達に無条件に勧めるわけにはいかなかったのも事実です。募集をしたら10人の応募があって、仕事と子育ての合間を縫って全員と面接したんですが、結局誰に決めたらいいか答えが出せないとか(笑)。なぜか頼んだ時間に二人来てしまったり、逆に、仕事をしないで急に帰ってしまった人もいました。だから、特定のキーパーさんに依存せずに仕事を継続的にお願いできる仕組みや、前に雇った人からのレコメンデーション情報などもあるといいのになと思ったんです。これが最初のきっかけとなって、家事代行の個人間契約プラットフォームである「タスカジ」の立ち上げにつながっていきます。
家事のアウトソーシングはライフスタイル変革と同義
──まさに、シェアリングエコノミーですね。 和田 実際、そういう仕組みがないかと探したところ、当時、AirbnbやUberが話題になっていて、米国にはCare.comという家事代行版の同じようなマッチングサービスがありました。でも、日本には類似のサービスがなかったので、これはビジネスとして成立するのではないかと考えました。富士通グループ内での社内起業も含めていろいろと検討した結果、現在のかたちになったという流れです。
──かなり思い切った決断だったのでは? 和田 世の中を見渡したときに、家事のリソースが足りていないということを一番深刻に考えているのはワーキングマザーだと思いますし、私もこの問題を誰よりも真剣に考えている自信がありました。ハウスキーパーさんを日常的に活用できる環境をつくらないと、みんな倒れちゃいます。説得してでも使ってもらわなければならないサービスだという思いは強かったですね。
また、新規事業の立ち上げの経験もありましたし、ITの知識に加えて、MBAも取得してビジネスのマネジメントができるスキルをもっていたことも決断を後押ししてくれたと思います。
──創業から2年半が経ちましたが、手応えはいかがですか。 和田 ユーザーは4300人を超えています。その3分の1くらいは、友達からの紹介など、口コミでタスカジを知ったという方ですね。まだタスカジを使っていなくてもレビューを熟読してくれている方もいらっしゃるので、これからもっともっと盛り上がるでしょう。資金調達も順調です。
一方、需要が急速に大きくなったので、供給側の不足をどう補っていくかは課題です。フィリピン人のキーパーの方のリソースが豊富だということを知っていたので、最初はそこから手をつけたんですが、徐々に日本人の方も増えています。今では日本人が4割くらいですね。資格制度などもつくって、サービスの質を担保し、家事をする側の人材がスキルアップできる仕組みも構築していきます。
それと、家事というのはこれまで家庭のなかで閉じられていた仕事ですから、それをアウトソーシングするというのはライフスタイルを変えることと同義で、家族それぞれがアイデンティティを再定義しなければならないんです。母親、妻だけでなく、父親、夫にもその意識を共有してもらわないといけない。講演、セミナーなどで、そういう啓発活動も並行してやっています。タスカジの事業展開を通じて、少しずつ社会を変えていければいいなと思います。
プロマネの経験は日常生活でもかなり役に立つ!
──これまでのご経験を踏まえて、女性がさらに活躍できる社会にするためにどんな取り組みが必要だと感じておられますか。 
ブランニュウスタイル
代表取締役CEO
和田幸子氏 和田 子育てとキャリアアップをどう両立させていくかは大きな課題になっていると感じます。例えば、短時間勤務が特殊制度のような扱いになっていることは問題です。子育てだけでなく、介護などさまざまな事情で誰もが利用する可能性のある制度なので、そういう勤務体系になってもキャリアアップを諦めなくてもいい制度設計は必要でしょう。
子育てをしている女性に対しては、パートナーを含めてまわりを巻き込むということをもっと真剣に考えてほしいと思っています。子育て期間中に仕事に充てる時間を減らせば、女性にしろ男性にしろキャリアアップのスピードは鈍ります。それを一瞬許容しても一緒に子育てをしようという話し合いができるかどうかはすごく重要で、意外にできている家庭は少ないです。そういうことをきちんと話し合わないままに育休から復帰して、何となく短時間勤務を選択しても、家事も育児も全部自分の仕事になってしまって、辛い思いをする可能性もあります。結果的にパートナーや会社とぶつかってしまうということになりかねません。
──和田さんも旦那さんとそういう話し合いをされましたか。 和田 はい。育休から復帰する前に、これからはこういうタイムスケジュールになるので、二人でどういう分担をしたらどうなって、どういうふうに今のスタンスを変えていかなければならないかというのを具体的に話しました。
女性側は、どうしても男性をサポートしないといけないという感覚をもっている人が多いんです。自分のキャリアを主張して男性側をキャリアダウンさせてしまうのはいけないことだと思っていたり、実質問題、収入の格差があって、夫の収入が減ったら家計にインパクトがありすぎるから嫌だということもあるでしょう。いろいろな事情からサポートに回ってしまう。でも、一人で負担を背負うより二人で分散するほうがダメージは少ないので、ぜひチャレンジしてほしいです。
──最後に、IT業界で働く“後輩たち”にメッセージを。 和田 富士通で開発エンジニアとして働き始めた新人時代、プロジェクトマネージャーとしてのスキルを徹底的にたたき込まれたのが、結婚してからものすごく役に立ちました。夫との日々の役割分担はもちろんのこと、家族としての将来のビジョン、到達点を決めて、そこから逆算してやるべきことの計画を立てました。何年後の想定収入はこれくらいで、貯金はいつまでにどれくらいしておくべきかなど、お金のことも含めて具体的にですね。夫も私の話を聞いてイメージしやすかったんだと思います。これは結果的に、夫との協力をスムーズにしてくれました。家族や周囲の人としっかりコミュニケーションしていい協力関係をつくっていくのに、プロマネの経験は大きな助けになるので、自信をもってほしいです。ときには、リソースが足りないという経験もするかもしれません。そんなときは、タスカジのようなサービスを積極的に使ってください!