EMCジャパンが、クラウド事業者と販売パートナーの関係を強化する新たなパートナープログラムを発表した。EMCの販売パートナーが、EMC製品を取り扱うのと同じように提携クラウド事業者のサービスを販売できるようにする。IT投資の比重がオンプレミスからクラウドへ傾きつつあるなか、販売パートナーや国内クラウド事業者を巻き込んでAWSをはじめとするメガ・クラウドへ対抗する戦略を描く。(日高 彰)
EMCとAWSが間接的な競合になる時代
これまでEMCジャパンは、通信事業者やSIerなど、クラウドサービスを提供する事業者向けに「ビジネス パートナー プログラム for Cloud Service Provider(CSPプログラム)」と呼ぶプログラムを用意し、EMC製品を用いるクラウドサービスの開発や、事業者のマーケティング活動などの支援を行ってきた。大量のストレージ製品を必要とするクラウド事業者はEMCの得意客でもあり、事業者のビジネスの状況がEMCの業績に影響を与えることはいうまでもない。

(左から)EMCジャパンの笠原直也・執行役員、岩田浩一・部長、
竹内宏之・アライアンス アカウント エグゼクティブ
バックアップやアーカイブ、障害対応などを目的に、エンドユーザーのクラウド利用意向そのものは年々高まっている。しかし現在は、SIerがユーザーからクラウドストレージを求められた場合、特別な要件がなければ最大手のAWSを紹介するといったケースが多く、このような提案がこのまま増えていくと、その他のクラウドサービス、ひいてはEMC製品の需要が縮小することになる。
EMCは、デルとの統合でデルテクノロジー傘下となったVMwareのvCloud Airや、Virtustreamなど、グループ内の独立事業ではクラウドサービスを手がけるものの、本丸の「Dell EMC」ではクラウド事業者としてのビジネスはもっていない。そのため、かつてはAWSなどのメガ・クラウド事業者とEMCは直接競合するプレイヤー同士ではなかった。しかし今は異なり、AWSへの対抗策を打たなければ、前述のようにユーザーのストレージ需要は彼らに吸引されてしまう。最大の問題は、EMCとクラウド事業者が一緒になって旗を振っても、販売パートナーがクラウドサービスを積極的には取り扱ってくれないという点にあった。
クラウドを売っても製品販売同様に収益を提供
そこでEMCは今年9月から、「クラウド パートナー コネクト プログラム」を新たに開始した。従来のCSPプログラムがEMCとクラウド事業者との関係を強化するものだったのに対し、新プログラムは、クラウド事業者とEMCの販売パートナーを結びつける内容になっている。
販売パートナーの間で「クラウドを売る」意向が盛り上がらない理由の一つとして、製品販売からクラウドサービスへ提案の軸足を移した場合、現在のクラウドビジネスでは製品販売の売上減をカバーするだけの収益を得にくいという問題がある。
これを解決するため、今回の新プログラムでは、EMCとCSPプログラムで提携するクラウド事業者のサービスを販売したEMCパートナーには、従来オンプレミスでのEMC製品を販売した際と同様にインセンティブを発生させる仕組みとなっている。パートナーがクラウドサービスを売っても、製品を販売したときと遜色ない収益を上げられるようにすることで、パートナーのクラウドビジネスへのシフトを支援しつつ、メガ・クラウドへのユーザーの流出も防ぐことがねらいだ。提携クラウド事業者としては、NTTコミュニケーションズ、KDDI、ソフトバンクといった大手通信キャリアや、ISP、データセンター、SIerなど12社があげられており、販売パートナーは日本市場に根ざしたクラウド基盤を、自社の付加価値と組み合わせてユーザーに提案できる。
EMCジャパンでサービスプロバイダビジネス本部長を務める笠原直也・執行役員は、「ここ数年でクラウドに対する見方が変わり、必要な特性に応じた複数のクラウドを選んで使っていくのがあたりまえになった」と話し、クラウドの需要は決してメガ・クラウド事業者だけに吸収されるものではなく、これからは国内の顧客に合ったクラウドサービスをパートナーが提案していくことにむしろ大きな需要があるとの見方を示す。EMCの販売パートナーにその足がかりを提供するのが今回のプログラムだ。
“敵に塩”となってもクラウド市場のテコ入れに注力
とはいえ、仕組みだけを用意してもすぐにクラウド市場が活性化するわけではない。同本部ビジネス開発部の竹内宏之・アライアンス アカウント エグゼクティブは「EMCのリセラー1社1社に、各社が売りやすいと考えられるクラウドサービスを紹介する“お見合い”的な支援など、きめ細かい対応が必要と考えている」と述べ、販売パートナー各社がスムーズにクラウドビジネスを拡大できるよう、事業戦略的な部分も含めて支援していく考えだ。

また、同本部ビジネス開発部の岩田浩一・部長は「首都圏以外の地方で地場の商圏にもクラウドサービスを提案するには、ディストリビュータの力も不可欠」と述べ、リセラー各社が直接クラウド事業者と取引する形態だけでなく、ディストリビュータがクラウドサービスのマーケットを用意し、リセラーがそのマーケットを介してサービスを受発注する形態も想定している。現在、ネットワールドがディストリビュータとしてこの枠組みに参加し、販売の準備を進めているという。
新プログラムでは、EMCが国内クラウド事業者のサービス販売を支援する格好となるが、各クラウド事業者は、EMC製品だけを使ってサービスを構築しているわけではなく、EMCの競合となるメーカーの製品も購入している。すなわち、EMCがクラウド事業者の支援を強化すれば、一部では競合製品の需要を喚起することにもなりかねない。この点について笠原執行役員にたずねると、当然EMC製品をより多く導入しているサービスの支援に力を入れ、事業者にもEMC製品の採用拡大を訴求していくが、「他社製品の排除までは求めていない」という。ある程度は“敵に塩をおくる”形になっても、クラウド市場の活性化に力を入れるという今回の取り組みは、AWSをはじめとするメガ・クラウドの台頭に対するEMCの危機感の強さを表しているといえそうだ。